罰を受けて罪を償う

備忘録です。

勝ちましたキャンペーン合戦

佐川元長官の証人喚問を控え、安倍内閣支持者と反アベ主義者による「勝ちましたキャンペーン合戦」が激化している。

 

いずれの陣営も「あーあ、もうおしまいだぞ?」と高みから相手を見下し、ブロントさんっぽく「もう勝負ついてるから」という態度をしきりに取ろうとしている。

 

どちらも不完全な情報しかなく、内心不安なのだろう。そしてキャンペーンを激化させすぎたため、どちらももう引くに引けない。

 

決定的な材料は出揃わず、佐川氏がなにを言い出すかもわからない。

待てば良いものを不安で耐えられないため、せめて今のうちになんらかの世論を作ろうとして、勝ちましたキャンペーンに奔走しているのである。

 

おそらく証人喚問ではどちらが望む展開にもならず、しかし両陣営が「やっぱり!」と言い出し、ますます勝ちましたキャンペーンが激化すると予想する。

そしてそのまま泥沼化していくだろう。

 

ポストトゥルース時代には、自分たちの世界観をゴリ押しすることが重視される。より勝利をアピールできた方が勝ちだ。しょうもないがしかし、ゴリ押ししきったほうが歴史を作る。

 

個人的な予想としては、おそらく倒閣までは行けないだろう。反アベ側は「アベが財務省に指示した」という無理筋のストーリーに固執してしまっている。枝野氏のダメさには割とガッカリだ。勝てる試合なのに自ら無茶な勝利条件を設定してしまい自滅しつつある。縛りゲー?まあしかしあんなものであろうか。周辺の人間の勝ちましたキャンペーンに乗せられたのだろうな。

 

https://anond.hatelabo.jp/20180322115103

 

私は合目的的でない正義の戦いが好きでない。悪を糾弾する快楽に逆らえず、目的に向かわない、向かえないのは単なる無能だと思う。

無能が悔しがって愚民をなじっても、お前が無能なだけやんけとしか思えない。

ドヘタクソ、ということだ。

 

森友問題の本質が「関西の闇」だということについて

公文書改ざん問題で、改ざん前後の内容を比較対象できるようになると、突如として謎の勢力が現れた。「ああっ、関西の闇じゃんこれ!」という人々である。

 

 

なぜ彼らは「闇」サイドから警告を発するのか?

togetter.com

 

関西の闇論者の特徴として、思わせぶりに意味ありげなことを言うだけで全然「具体的に何がどう関西の闇なのか」について解説してくれないというものがある。

 

しかし、まあ彼らの発言から読み取るに、要するにこういうことだろうかと思う。

 

「あの土地」は「被差別●●関係の土地」なので、決して触れてはならない
野党やマスゴミは必ずや後悔することになるだろう

 

どうやらその闇の力で8億円値引きされ、昭恵夫人らの名前が公文書から削除され、佐川長官が虚偽答弁を繰り返し、1年間国会が空転したということのようだが、やばくないか?その闇の力。

 

官邸すら欺き、財務省を牛耳り、さらには錚々たるネット論客の皆さんが「だから触るとやばいと警告したのだ!」と怯えて、なぜか詳しいことを話せずにいる。大変やばい権力だと言わざるを得ないだろう。

 

それにしてもなぜネット論客の皆さんは闇さんサイドに立って「それ以上近寄るな!」と警告しているのだろうか。

 

普通に考えたらそんな巨悪がいるのであれば残すべきではないし、今回のようなチャンスがあればぜひ全てを明らかにして健全化するべきだろう。タブーとして触れられないはずの巨悪の存在に切り込み、白日のもとに引きずり出してくれた朝日新聞グッジョブだろう。今こそ巨悪を討ち関西社会を健全化するために朝日や野党を応援してしかるべき場面だろう。

 

なぜ「あーあ、あいつら怒らせたら知らないわよ」って酒場で余裕かましてるナミさんみたいなポジションにいるのか?どういう立ち位置?

 

もし本当に闇のパワーで8億円値下げされたり公文書改ざんやら国会での虚偽答弁やらが行われたのなら、昭恵夫人のちょっかいなんて比較にならないレベルで日本の危機案件であり、北朝鮮スリーパーセルなどよりはるかに問題だ。あなた方が事情を知っているのであれば「とにかく闇でやばいんだからそれ以上触れずにおけ」という警告を発している場合ではない。闇のしもべかよ。しっかりしてくれと思わずにいられない。

 

彼らの取るべき態度として自然なのは「ああっこれ関西の闇じゃん!朝日はすごいところに切り込んだな、狙いとは違うだろうがこれは大手柄になる予感w」「うわ、やっぱり関西の闇かこれ。こんな形で日本のガンが解決されるとは奇跡のようだ。財務官僚は存分に真相を語ってくれ」といった応援、期待の発露であろう。闇サイドではなくメディアや野党のサイドに立てよ。

 

安倍内閣も同様で、ネット論客の皆さんが全員知っている「関西の闇」について官邸が全く何も知らないということは考えにくい。あんなに隠そう、守ろうとするのではなく、関西の闇案件であることがわかった時点で「これは本当に由々しき事態だ、佐川や役人に責任を負わせて幕引きしてはならない、徹底的に全てを明らかにする!」と音頭を取るべき立場だろう。なぜ必死になってメディアや野党に抵抗し、闇サイドを守ろうとするのか?ひょっとして安倍内閣もネット論客も闇のしもべなのでは?

 

Togetterを見る限りでは、結局「あの土地ってなんやねん同和とか関係ないぞ」と地元の人々にツッコまれまくっているようだが。実際のところどうなのかね。

 

「関西の闇ってのはそういう意味じゃないんだよなぁ」という逃げ

こうした思わせぶりなポエムの強みは、ツッコまれても「はあ?そんなふうに誤読されるのか……」「闇ってそういうことじゃないんだよなぁ。意味もわからないなら絡んでこなければいいのに」と逃げたり強がったり虚勢を張ることができる点である。

 

曖昧で意味深なポエムを垂れ流し、ツッコまれると「そういう意味じゃないけど?」と逃げ、でも結局どういう意味なのか説明することはないという点において、以下のとつげき東北さんの記事における「流れ」と近いように思う。

 

「流れ」が存在しないことの証明

麻雀をやる大部分の人は、牌の「流れ」「勢い」などが存在すると思っている。
どんな待ちでも上がれる気がしたり、何を切っても振り込みそうな気がしたりするらしい。


この、定義1の意味での「流れ」は存在しない。実験結果はいくらでもある。


しかしとつがそう指摘すると、彼らは定義2の意味にすり替えてくる
おれが言っているのは、そういう意味ではない。麻雀を打つのは人間だから、どんなに小さい影響であっても、やはり調子とか前回の結果に影響を受けるものだ」「人間の心理を無視するな!」とかそういうことを言われるわけだ。


やかましわヽ( ´ー`)ノ


お前、直前まで「牌の勢い」の意味で「流れ」言うとったやろが(笑)。
オカルトの意味での「流れ」を信じていたが、それを批判され、困ったからといって定義をすりかえてごまかすな(笑)。

 

しかし残念ながら、それさえムダなことだ。

 太字は私による強調。

 

曖昧なことを言っておけば、いつでもどこにでも逃げを打てる。なんとなく自分の嫌いなもののイメージを貶めたい、自分に都合の悪い状況を矮小化したいといった場合にネットでよく使われる戦術であろう。

 

何かツッコまれたら「そういう意味じゃない」と逃げる。「じゃあどういう意味なのか」と聞かれるとはぐらかし、無限に後退する。ツッコミがなくなったらまた伸び伸びと意味ありげに「断言せずに行う印象操作」を繰り返す。

 

関西の闇=籠池氏?

関西の闇論を唱える人々は、関西の闇について(断定的ではないものの)部落差別関連などの存在を匂わせようとする。しかし具体的に「その闇が森友問題にどう関わってくるのか?」については全員明言を避けている。

 

学校用地が被差別部落関連なのか?それとも登場人物が被差別部落関連なのか?そして差別問題がどう絡めば8億円値引きされたり佐川長官が虚偽答弁したり昭恵夫人の名前を削除したりすることにつながるのか?

 

彼らはそうしたことを一切明らかにしない。おそらく彼らの意図としては、なるべく広め広めにベットしておき、今後の展開に応じて

 

「やっぱりね。俺が以前言っていた闇とはこのことだよ」

 

とドヤるために、現時点ではとにかく曖昧なことを言っておきたいのだろうと思う。というか絞ったことを言ってしまうとそこをツッコまれて苦しくなるし。

 

これは実はネット上ではわりと有効な戦術で、全く見当違いだったらそのまま知らんぷりしてなかったことにすればよいし、その後「解釈次第ではこれのことを言っていたのだと取れなくもない」といった展開になればドヤ顔をすればよいのである。

 

なお、個人的には、昭恵夫人への忖度だけで8億円も値下がりするわけないと思うし、今回の件にはまだまだ「何か」があって複合的な理由でおかしなことになっているのだろうというくらいのことは思っている。そして、その「何か」のひとつとして、「関西の役所で……」「土地からゴミが……」といったキーワードから、闇論者と同じような何かをイメージすることはできる。だって私もネット民だから。

 

闇論者たちの多くは、私と同レベルの推測(というレベルでもないが)を行い、でも特に強い根拠や証拠はないので、とにかく意味深にそれらしいことをつぶやくというゆる~いベットを行いつつ、事態の矮小化を狙ったというところではないだろうか。ぼかした言い方をしているのは「出てくるキーワードからなんとなくそうだったらいいなと思ったネット民の願望に基づく当てずっぽう」がソースだからではないだろうか。のちのち当たればドヤ顔で勝ち誇れるし、全く大外れだったら「結局、闇のことは闇のままだったな」と自己完結すればよいのだ。

 

こう考えるとこの闇って勝率100%で無敵論法だな。負けようがない。さすがネット論客の皆さんだ。多分一生死ぬまで間違いを認めたり謝罪したりはしない、無敵のネット人生を歩むんだろうなぁ。

 

そんな中、アゴラで大々的に「関西の闇」に言及したのが、元通産省の八幡和郎氏である。

 

agora-web.jp

 

なかなか衝撃的な記事タイトルだ。関西社会には何か触れてはならないタブーがあり、その存在こそが森友問題の隠された真相なのだと、そういった印象を与えるタイトルと言える。しかも元官僚の視点からの文章だ。期待が持てる。

 

八幡氏は籠池園長を「関東人は当惑するかも知れないが、関西ではどこにでもいるワル」「行政にせよ、企業にせよ、こうしたワルに迷惑しながら、適当なところで折り合いを付けている」とした上で、「関西」全体の危機としてこのように警鐘を鳴らす。

関西のこうした怪しげな勢力との談合体質は、勇気をもって断ち切らないと関西没落を加速化させかねない。本社を東京に移す企業などでも、関西でのしがらみから開放されたいからというのが本当の動機と言うような話もないではないのだ。

この数日 Twitterでも「関西の闇」というワードが何度も叫ばれ、このワードを「あの土地」「差別利権」といった意味深なキーワードで包み、なんとなく不穏なムードを演出しようという試みがそこかしこに見られた。

 

その流れの中での記事であるからして、八幡氏も「こうした怪しげな勢力」という言い方に裏の意味を込めていたように見える。そしてツッコまれると、案の定「そんなつもりではない」と言い逃れる。以下は八幡氏による追記だ。

 

関西社会の関東にはないような社会的状況を闇と表現しておりますが、それは、犯罪組織を意味する裏社会などとは違う、より軽い意味でしかありません。まして、籠池氏を闇の組織の人だとかいうようなことを臭わす表現などどこにもありません。

 

関西の闇の正体は、裏社会とか犯罪とかとは関係ない、より軽い意味での関西のガラの悪いおっさんのことだったようだ。

 

別にタブーでもなければ隠された真相でもない。記事タイトル詐欺というか、そんな「闇!」とか言っておいて「より軽い意味でしかない」ってずいぶんな肩透かしに思えるが。

 

ともかく闇の正体がわかったので、これで安心して真相を追求できそうだろうか?しかしそうであるならばなぜネット論客の皆さんはあんなに怯えていたのか。身の危険があるというのなら、別に匿名ダイアリーでもいいから詳細な闇の解説を書いていただきたいものだ。

この1週間のこと

今週も仕事が過剰にありストレスフルだったが、その合間を縫って財務省公文書改竄騒動を追い続けてしまった。

 

もう1週間経つのか。

 

気になった記事。

 

tyoshiki.hatenadiary.com

 

とても良い記事だと思う。ひふみ投信でおなじみレオス・キャピタルワークスの藤野さんが急に出てきたのでびっくりした。このブログ主の方も藤野氏も党派性に囚われている感じがあまりなく、安心して読めた。

 

個人的には安倍総理の次は「自民党の誰か」で良い。岸田、河野、石破、小泉、野田。それぞれスネに傷を持ち人格的にもかなり癖があるが、無難な人ならよいということでもないからね。

今の安倍政権には「そこまでやったらさすがに駄目だよ」と言い、有無を言わさず降りてもらっていいと思う。

芯を食った謝罪

前回の記事で党派性について書いたが、「身内は無条件に信じてかばう」というのも党派性の現れで、これはほとんど人間の本能に根ざした性向と思う。「かばったのは間違いだった、強い思い込みにより私の認知が歪んでいた」と表明するのは尊いことだ。

 

自分が絶対正義界の住人だと信じていると、生き方の指針が「味方をかばいながら絶対悪の敵を貶める」だけになって何も考えずに済み、大変ラクである。

 

昨今よく使われる「謝ったら死ぬ病」という言葉だが、絶対正義界に長く暮らしていると、「無謬でなくてはもう生きていけない」という考え方に染まっていくのだと思う。自分に一切の落ち度があってはならないという呪い。

 

謝ったら死ぬ病が流行する中、それでも謝罪する人は多数いる。権力や暴力などの外圧に逆らえず、謝罪しなければならない状況に追い込まれているからだ。しかしそうした人たちの多くはまだ党派性や無謬性にとらわれており、芯を食った謝罪を意図的に避ける。

 

例えば「世間をお騒がせしたことをお詫びする」という詫び方。これは間違いなく意識して芯を外している。謝るのはそこではなく、「自分がどんな卑しい目論見で卑怯なことをしようとしたり他人を貶めようと試み、そして失敗したか」「いかに他人を騙して甘い汁を吸おうとしたか」といった不都合な事実を言語化する必要があるのだ。これをできる人間はカッコいいし爽やかだし、リスペクトの念を覚える。

 

ほとんどの人間は芯を食った謝罪ができない。自分の駄目さに向き合うのが怖い、恥ずかしいというのもあるだろうが、「絶対正義陣営の俺が芯を食った謝罪をしたら陣営に迷惑がかかり悪の支配する世界になってしまう」という意味での恐怖心もあると思う。

 

また、小4を装って「どうして解散するんですか?」とかいうサイトをつくったアホも、青年会議所の宇予くんも、寄付金デマで晒されたツイッタラーも、カオス*ラウンジも、似た路線で全然芯を食ってない謝罪をしていた。例えば以下のような謝罪だ。

 

「自分なりに問題提起がしたいという意図で行ったが、やり方に誤解を招くところがあったかもしれない。言い方が強すぎて誰かを傷つけてしまったのであれば本意ではなく、申し訳ないと思う」

 

こうも芯を食わない謝罪は、「正義である俺が謝る道理はない」と思っていると見なされても仕方ないだろう。だいたい「私の真意はAだが、誤解を招き、傷ついた人がいるなら謝りたい」という謝り方は「私は悪くないが読解力のない世間が誤読したなら謝りたい」ということであり、要するに「お前らが読解力がなくて誤読しているのだ」と逆に責めているのであある。

 

伊集院光の謝罪

昨今めったに見れない、美しくも芯を食った謝罪が伊集院光の謝罪だ。

 

キングオブコメディというお笑いコンビの高橋なる芸人が電車での痴漢容疑で逮捕された際、高橋の芸人仲間たちが「我々は彼を大変よく知っているが、高橋は絶対にそんなことをする男ではない」と陳述書を提出。高橋は不起訴となった。伊集院光も陳述書で高橋を擁護し、ラジオでもいかに高橋がそんなことをする可能性がゼロであるかを自信を持って語った。

 

numbers2007.blog123.fc2.com

伊集院光:まぁ難しいなって思ったね。これはね…日頃から、色んな若手芸人、若手芸人にかぎらず、ゲストとか他のタレントとか、知人・友人と話をしている。僕は話をする仕事だから、話をする中で、割りと話を通じて「この人の性格って、こういうところなんじゃないかな」って、受け取れてるつもりでいつも話をしてるし、そこの能力に全く自信がなければ、こういう仕事を俺はしてないんだけど。

長岡杏子:はい。

伊集院光:高橋がやるとは思えないんだよね。

長岡杏子:うん。

伊集院光:これまたどこまで逸脱していいか分からないけど、お笑い同士のキツイシャレで言えば、凄いたくさんお笑い芸人がいる中…何十人もお笑い芸人と交流する中、酒飲み話で「アイツなら、やってもおかしくないんじゃないの」って言われるヤツだって、いなくはない。それが過度なシャレでね、やるかやらないかは別。

長岡杏子:はい。

伊集院光:でも、高橋のあの話が出た時に、高橋を知ってるお笑い芸人は、ほぼ満場一致で「それは冤罪だ」っていう。

長岡杏子:うん。

伊集院光:「それは何かの間違いだ」って、声を揃えて言うのは、お笑いに関しては相当珍しいことなんだよね。キツイ、空気を読めないシャレを言うヤツもいるから。

かなり雄弁に持論を展開している。 

 

が、高橋は数年後再び逮捕された。今度は高校に侵入し、女子高生の体操服や制服を盗んだのだ。警察が高橋の家に踏み込むと、大量の体操服や制服が見つかり、とうとう常習犯であったことを白状して事務所を解雇された。

 

伊集院光はラジオで謝罪した。

numbers2007.blog123.fc2.com

 

僕、その時、こう言ったと思います。「職業柄、人と目を見て喋った上で、その人を見る目は、それなりにあると思う」と前置きした上で、痴漢の容疑について、「高橋はそういうことをするヤツだとは、とても思えないんだよな」という話をしました

それで、とてもみっともない。今思えば、とてもみっともない結果になりました。それでいて、自分で思うところはたくさんあります。だけど、今日のところは、僕、この整理をつかない状態で、僕が高橋に対して思うところ、とかそういう問題じゃないです。

僕がラジオをやる、免許じゃないけど、僕がラジオをやり続けて良いって、僕に対して思うかどうかは、このことを喋ることだと思ってます。

このみっともない、テメェの「人を見る目があると思う」って前置きをした上で、「やってないと思うし、やってないと思いたい」って言ったことに関して、反省してるし、「バカだな、お前」って思う人は笑って欲しいです。

「アイツ、みっともねぇな。何の見る目もないじゃん」って、その通りなんです。

 これはかなり芯を食った謝罪であろうと思う。ここまで「自分のどこがどうクソだったか」に向き合った謝罪なら、それ以上責める気にはなかなかなれない。第三者からしてみればこの誠実さは尊敬に値すると思う。

(本当に謝るべき対象がいるとするなら、数年前に高橋に痴漢をされたにも関わらず有名人たちに冤罪扱いされた電車の女性だろうが)

 

今の御時世、自分の非を認め芯を食った謝罪ができる人間は本当に希少だ。一つでも落ち度を認めると、自分の影響力が下がり、悪の陣営を利すると思ってしまっている人が多いように思う。

 

たしかに謝罪すると「こいつ謝ったンゴ!殺してもOKンゴ!!!」と追い打ちをかけてくるイナゴも中にはいるだろうが、でも芯を食った謝罪はもっと多くの人の心を打ち、むしろ「ちゃんと誤りを認められる人なんだ」「誠実であり信用できる」と信頼される方が多いはずだと思う。間違いは誰でもするが、芯を食った謝罪はほとんどの人ができないからだ。しかしそうしたリスペクトはあまり表明されないことが多いので、積極的にリスペクトを表明していきたいと思う。

 

あと言えることは、たかが友達について安易に「そんなことする奴じゃない」とかよく言えるなということ。家族だろうと戦友だろうと他人であり、自分が分かり得るのはほんの一部でしかない。

 

ある程度生きていれば、自分が100%の好意や信頼を寄せていた人物の意外とクソな面を知り戸惑ったり傷ついたりすることは何度もあるだろう。そこで「誰にでもクソな面あるわな」と学習していけるかどうかだ。反省も学習もせず辻褄を合わせてしまう人が多いのではないか。

「忖度があったはず」と責める異常さと「忖度などない」と断言する異常さ

 

delete-all.hatenablog.com

フミコフミオ氏のブログを読み、また思ったことをばーっと書いておく。土日に整理しよう。分割しようかな……。

 

 

「忖度があったはず」と責める異常さ

 

そもそもメディアや野党の無能ぶりというのは、証拠が出るはずもない問題に固執し、国民の支持を得られないまま、大事な問題をほったらかしにして1年間騒ぎ続けたことだ。

 

典型的な記事がこれ。

 

www.buzznews.jp

 

上記事でも指摘されているように、着地点が全くわからない。野党やメディアは、なんなら

 

首相「忖度したのか?」

官僚「しました」

首相「してたそうです……」

 

みたいな調査と報告をしてほしいのだろうか。そんなアホな話はない。

 

常識的に考えて「忖度があった」という証拠が出てくることはない。忖度とは内心の問題であるからだ。そして仮に「忖度してしまった」と官僚が告白したとしても、それを理由に首相を咎めることなどできない。首相を咎め、首を取るためには、忖度などという曖昧なものではなく「官邸など安倍総理周辺による指示の証拠」が必要なのだ

 

そしていくら1強で油断して驕っていたとしても、そんな証拠の残ることをするほど安倍総理はアホではないだろう。いやかなりアホだと思うが、さすがにそこは二度も総理の座を得た政治家であり、最低限のところはわきまえている。

 

そして自分がそんな指示をしていないことを知っているからこそ、安倍総理「私や妻が関与していたら大臣も議員もやめる」と言い放ってしまった。

 

問題は「妻が関与」の部分なのだが、ひとまずここでは「野党とメディアの無策」を指摘して終わる。

 

さんざん大騒ぎする野党とメディアを、筆者も他の多くの日本人と同様に冷ややかな思いで見ていた。「何が目的なんだ?」「落とし所がないじゃないか」「総理に何をしてもらったら満足するんだ?」

実際、今回の公文書改ざんスクープが朝日から出るまでは、野党もメディアも振り上げた拳のおろし方が分からなくなっていた感は否めない。

 

最終的に思いがけない形で「落とし所」が出現したのが今回の騒動だが、とてもじゃないが「我々はこれを狙っていたのだ」とは言えないだろう。目的地もわからぬまま闇雲に暴れまくってみたら、なんだかよくわからないけど財務省がゲロを吐いたのだ。何かしょうもないミラクルをここに感じる。

 

これをもって「安倍総理財務省に改竄を指示した証拠だ!」というストーリーには決してなるまい。安倍陣営もかなりびっくりしたというのが本当のところだろう。なんなら朝日新聞もびっくりしたのではないだろうか。

 

「忖度などない」と断言する異常さ

野党とメディアがこんな無理筋の森友問題に躍起になったのは、首相や官房長官の言動があからさまに怪しかったからだろう。

 

何が起ころうと「調べます」とも言わずに常に「忖度などない」「妻は関係ない」と即座に断定する。資料はなぜかことごとく廃棄されているといい、調べようとする素振りもない。雑でぞんざいな対応が多い。

 

また、関西の保守界隈で名士だった籠池夫妻は「保守でもなんでもないただの詐欺師」というレッテルを貼られ、超高速で切り捨てられた。昭恵夫人と籠池夫人のメールのやり取りも不自然極まりない。

 

昭恵夫人お付きの谷査恵子秘書官が籠池のために財務局に問い合わせていたことが注目されると谷秘書官がイタリアに謎の栄転。

 

「なんだか分からんが、これは何かある」

 

野党やメディアがそう思い込んでしまったのも無理はないと思う。安倍総理やその周辺の不自然かつヒステリックな対応を見たら、いかにも何かありそうだ。だから無理筋で食いつき、盲滅法にあれも怪しい、これも怪しいと騒ぎ立てた。この攻め方も実に雑であった。怪しい要素だらけすぎて、どこに絞って攻撃していいかまるで判断が付かないのだ。

 

野党とメディアがあまりにもなんでもかんでも叩いて騒ぐので、その都度国民はうんざりし、モリカケうんざり病が日本に蔓延した。いつも騒いでいると、本当にここぞというときに騒いでも効果が出ない。オオカミ少年のような話である。

 

さて、やたら怪しい安倍総理自民党の森友への反応だが、筆者が特に気になっていたのが、安倍総理や菅官房長官「忖度などない」という断定口調だった。

 

何か新しい事態が起こり、それについて質問を受けると、安倍総理や菅官房長官いつもその場で「忖度などない」「関係ない」と即答する。しかしこれは明らかに異常な話で、人間社会には忖度がつきものであり、官僚が内閣や首相に対して一切忖度しないなどということは考えられない。

 

ましてや第二次安倍内閣内閣人事局が設置されて人事権を内閣が握ったこと、長期に渡る安倍一強体制などで、より官僚が安倍総理や内閣に忖度してしまう条件は整っていた。

 

「人間、忖度なんて絶対あるに決まっている」「なぜそれを否定するのか」ということを森友問題初期から唱えていたのが橋下徹氏や維新の松井一郎氏だ。

 

橋下氏は先日もこんなツイートをしていた。

 

blogos.com

 

まだ何の調査も始まっていない今の段階で忖度を全否定する麻生さんに調査資格は全くない。(橋下氏ツイート)

 

まさしくその通りで、上の立場の人間がなぜ「忖度などない」と断定できるのか。安倍総理は「忖度があったなどと主張するのは官僚に対する最大の侮辱」とも言っていた。ボスにこんなことを言われたら、可哀想な官僚たちはどう思うだろうか?「間違っても忖度したなどと言うわけにはいかない」と追い詰められてしまうのではないだろうか。安倍さんや麻生さんが「忖度など絶対にない」と言えば言うほどに、全官僚に対して「余計なことをしゃべるなよ」というさらなる忖度を強要することにもなりかねないのだ。

 

天然ピュアな安倍総理はともかく、麻生さんや菅さんがそんなことを分からないとは思えないのだが。

 

もう一つ、橋下氏のメルマガ記事を引用する。

 

president.jp

 

つまりこの森友学園問題が発生した当初に、役所の忖度性質を十分認識した上で、「自分の妻が森友学園の名誉校長に就任したことが、その後の財務省森友学園の土地取引に少なからず影響したと思う。違法性・不正はないが、この点は申し訳なかった。森友学園との契約経緯がどのようなもので、どこに問題があったのかを徹底的に明らかにする」という方針を示していたらどうなっていたか。

 

財務省は、会計検査院が報告したような事実を自ら報告したであろう。首相夫人が名誉校長に就任したことが少なからず影響したことも報告したかもしれない。安倍さんがこのような方針を示せば、書類やデータを徹底して廃棄するというよりも、むしろ徹底して書類やデータをかき集めて事実調査をし、どこに問題があったのかを明らかにしたであろう。そして公文書を書き換えることもなく、職員が自殺することもなかったであろう。何よりもこの1年間の無駄な国会というものもなかったであろう。

安倍さんの「私や私の妻が関係していたなら総理大臣と国会議員を辞める」という2017年2月17日の発言が、財務省が暴走した根本原因だと思う。 

安倍政権はなぜ事実をきちんと確認しようという指揮命令をしなかったのか。どう考えても、森友学園を巡る財務省の国会答弁は国民をバカにするような対応だった。あれだけ必死になって書類やデータが廃棄されたという答弁を連発しながら、関係者に確認もしないという。この財務省の対応を正すのは麻生さんと安倍さんだった。

橋下氏の主張は当初から一貫している。橋下氏自身が、森友騒動に対する態度・方法として全く違うやり方を選んでいるからだ。

僕は森友学園の小学校新設申請を巡る問題について、「大阪府庁の職員は僕に忖度していたはずだ。ただし違法性・不正はない。それでも私学審査に不備があったことは申し訳ない」というスタンスで臨んだ。松井一郎大阪府知事にも、徹底した事実解明をお願いした。

大阪府は、ただちに関係者へのヒアンリングなどの事実調査をやった結果、僕や松井さんの規制緩和の方針を受けて大阪府私学課は森友学園の審査に臨んだという事実を明らかにした。つまり僕に忖度していたわけだ。ただし僕や松井さんが個別の指示をしたことはないことも確認してくれた。その上で私学課の審査の不備・問題点を明らかにし、それに対する対策を講じることとなった。

 

この橋下氏の文章は、ほとんど今回の財務省による公文書改ざんの真実に迫っている指摘ではないだろうかと思う。なぜ安倍総理は「忖度のようなものがあったのかもしれない、それは正直分からないが、私の方からそうした指示や働きかけを行ったことはない」と言えなかったのだろうか。

 

まあ安倍総理のああした感情的な言動が「隙だらけ」に見えて野党やメディアが雑な攻め込み方をし自滅するというムーブはこれまで多数観測されており、あの天然な隙だらけっぷりこそが安倍総理をここまで1強足らしめた才能なのかもしれないが。

 

マネジメントとして安倍総理の態度は最悪であった。菅官房長官や麻生大臣の態度も最悪だ。

 

なぜこんな異常事態になったのか?

 

決してアホではない人たちも含め、この件で前に出て発言してきた官邸サイド・与党サイドの全員が「忖度などない」「籠池はただの詐欺師でその言葉は全部ウソである」と同じ主張を繰り返してきたのは、誰か戦略ブレーンによって「全員この路線を死守すべし」と方向性が決められ、皆忠実にそれを守ったのだろうと考える。

 

橋下氏の言う通り、全員が何か小さな、そしてわりとどうでもいい「嘘」「ほころび」を守るためにやっきになり、そこに不自然さや怪しさが生まれ、そこに取り憑かれた野党とメディアが暴れ続けた結果、双方にとって思いがけない形で財務省の大犯罪が明らかになったのだろう。

 

私はその最初の最初の小さな嘘、ほころびは昭恵夫人にあるのではないかと見ている。動画やメールのやり取り、産経の記事などから、夫人が籠池夫妻に心酔していたことは間違いないし、安倍総理自身も籠池氏にかなり好意的であったのだと思う。

 

そして昭恵夫人は、自らが名誉校長を務めることになる小学校を応援するため、谷秘書官を通じて財務省に問い合わせるなどの働きかけを行っていたこれは確定事実である。

 

加えて、公文書から削除された資料の中には、「籠池氏と昭恵夫人の固い絆と、籠池氏の教育理念が真に保守的で素晴らしいこと」を書き立てた産経新聞の記事が含まれていた。同じく、籠池氏が代表・運営理事を務めていた日本会議大阪について、「安倍首相や麻生大臣も所属する組織」とする資料も削除されていた。

これらの資料が何を意味するのかといえば、財務省内で「籠池という人物は確かに首相夫人とつながりが深い、関西の保守人脈の名士であるようだ」ということを裏付けるための資料だったのではないだろうか。

 

個人的な感覚で言うと、「謎の大幅値下げ」について、昭恵夫人の働きかけが決定打になったとはあまり思えない。何か別の理由が隠されていそうだ(関西の闇!など)。

 

しかし、昭恵夫人やその周辺は森友学園の値下げがメディアで騒がれだしたときどう思っただろうか?「もしかしたら私たちの問い合わせなどの働きかけが、財務省を動かしてしまったのでは?」と心配になってもおかしくはない。値下げの真実がどこにあるかはともかく、昭恵夫人や谷秘書官がそういう一抹の不安を抱かなかったとは思えない。いや、抱くだろう普通。

 

そして同じことを官邸の誰かや財務省の誰かが思ったとしたら、安倍総理「私や妻が関与していたら大臣も議員も辞める」という発言に青ざめたのではないだろうか。

 

万が一にも、そのような疑惑を追求される恐れのある資料を残してはまずい。細工しなくては。そうした忖度が連鎖した可能性が高いように思うのだ。

 

www.yomiuri.co.jp

 

7日に自殺したとみられる50歳代の男性職員が、本省の指示で文書を書き換えさせられたとの趣旨のメモを残していたことが、関係者への取材でわかった。

 

www3.nhk.or.jp

麻生副総理兼財務大臣も12日、文書の書き換えは本省の理財局からの指示で行われたことを明らかにしていて、指示をうかがわせるメールは検察当局も確認しているということです。

 

書き換え時の理財局長はもちろん虚偽答弁を行った佐川氏本人だが、理財局が安倍内閣にべったりになったのは佐川氏の前任である迫田氏の時代からそうであったと思う。これについてはまた別途書く。

 

党派主義の呪いと無謬主義の呪い

この事件についてのネットの反応なども見ていて思ったのは、つくづく日本は「正義と悪」に二分されていて、誰もが「絶対正義の我々が絶対悪のあいつらを無力化したい」という党派主義の呪いに縛られているということ。

 

そして党派主義の現れとして、「味方は絶対に無謬でなくてはならない」「味方の落ち度を認めたら負けになる」といった無謬主義の呪いもある。

 

例えば先の東京都知事選で鳥越俊太郎のセクハラ問題が発生したとき、鳥越批判をするリベラル派を「味方を撃つ裏切り者」と攻撃したり、「大きな正義のためにはそんなしょうもない疑惑など無視すべき」と矮小化する勢力が多数確認された。

 

多くのリベラル派が、「味方に落ち度や罪があってはならない」という考えに囚われ、鳥越の悪事に見て見ぬふりをしたわけだ。

 

安倍総理らの「忖度などない」「私や妻の関与があったなら大臣職・議員職を辞す」路線にもこの「絶対正義の我々には一切落ち度があってはならない」という無謬主義の呪いを感じる。別に、仮に妻が関与してたって、その関与が「財務省に問い合わせ」レベルなら、全く大した問題ではないのだ。むしろ安倍総理に同情が集まるシナリオすらあったと思う。

 

橋下氏が「忖度は当然ある」という前提に立ったように、「自分たちにも落ち度や間違いはあって当然」というのは、本来当たり前のことである。味方陣営にもチョンボは多々あるし、敵陣営だろうと支持すべき言動があれば支持すればよい。これが是々非々という感覚だが、今の日本は余裕がなさすぎて是々非々が許されにくいように思う。

 

例えばアベニクシーの人々は、安倍総理原口一博氏の闘病にエールを送り原口氏が感謝の念を述べたとき、なぜか原口氏を攻撃した。「アベに感謝するなど利敵行為である」「アベに良いところなどあってはならないし、あっても世間に流布してはならない」ということだろう。少しでも敵を利するやつは裏切り者か、ころっと騙されてる愚民扱いなのだ。

 

逆に安倍総理シンパの人々は今回の公文書書き換え事件をしきりに矮小化しようとしている。ネットでは基本的に安倍政権支持者のほうがまともな発言をする人が多いので、筆者のTwitterでのタイムラインはそうした人たちの発言が並ぶのだが、今回の騒動では党派性に絡め取られて醜態(関西の闇とか)を晒している人が多く、リムーブが捗った。

 

「味方サイドの落ち度は見て見ぬふりをするか無理やり正当化や矮小化を行い、敵サイドの正論は無理やり否定したり論点をずらして攻撃する」というのが、党派性の呪いにかかった人間の行動だ。安倍政権支持者こそ、今回の一連の安倍内閣のクソムーブを批判すべきだと思う。そして佐川氏の召喚を歓迎すべきだろう。

 

最後に余談だが、党派性といえば最近はあちゅう騒動の際によっぴー氏が「嫌いだけど支持するとかいう奴らなど不要だ」と多くのネット民を攻撃し炎上した。筆者が思うに「嫌いな奴だが、この件については全面的に支持する」だったり、逆に「尊敬する先生だが、この件については全く擁護できないし否定せざるを得ない」という表明は、党派性の呪いから解き放たれており、むしろ尊いと感じる。

 

「大きな正義のためには、小さな悪など全部無視すべき。我々は絶対正義なのだから、少々の悪事で騒がれて足を引っ張られるなどあってはならない」「加害者は100%加害者、被害者は100%被害者でないと都合が悪い。正義が弱まって不利だ」という態度は、今や党派を問わず主流の考え方に思える。これは大変に息苦しく、「大きな正義ではあるがそれはそれとして、小さな悪はしっかり認めて、謝り、改めよう」という当たり前の空気が醸成され、そうした人こそが信頼を得る社会になることを望む。

 

尊敬する人だろうが、味方サイドの人間だろうが、クソなことはクソと言わなければ、世界はクソゲーと化す。僕は安倍政権支持者だが、今回のクソっぷりは逃げ切らせては後世に巨大な負の遺産を投げることになろうと思う。

公文書改ざん問題について雑感

自分用メモ。あとでもろもろ見直す。

 

 

■改ざん前の内容は何が「問題」なのか?

まずざっとネット世論を眺めてみての雑感。

  • アベ政権倒閣派の主張→森友問題に昭恵夫人の関与があった証拠といえる。安倍政権は総退陣すべき。
  • 安倍政権擁護派の主張→籠池が勝手に政治家や昭恵夫人の名前を出していたというだけの話で一切問題ないことは明らか。財務省が詐欺師・籠池相手に苦労したということだけが伝わってくる。

個人的には後者の意見に近い。削除された記述は、いずれも取り立てて問題になるものとは思えない。

 

しかし、取り立てて問題になるものとは思えないからこそ、

 

「じゃあなぜ、特に問題のない記述を削除するために、絶対にやってはいけない改変を組織ぐるみで行ってしまったのか?」

 

という疑問が膨らむ。これが解明されないことには事態は収束しないだろう。

 

ちなみにネットではこの疑問についての説明として「公文書改ざんの真相は、関西の闇(同和問題)だね……」「絶対触れちゃいけない領域に突っ込んでるってメディアも野党もわかってるのかね」と意味深につぶやく人が散見されるが、その関西の闇について具体的に解説してくれる人は筆者の観測範囲にはいない。「とにかく同和関係はアンタッチャブルなんだよね……」とそれっぽくつぶやくだけの人ばかり目立つ。

 

まともな解説がない以上は、ひとまずよくある陰謀論かなぐらいに思っておくこととし、まともな解説が見つかったらまた考えたい。同和もネットでは電通JASRAC並に便利に使われているので……。ただ、なぜか関西の闇説を唱える人たちが「これ以上触るな」と警鐘を鳴らしてるのは不思議だ。いや、その闇の人たちが官邸以上の権力を奮って財務省に命令しに犯罪行為を働かせてるなら国の根幹が揺るがされる事態なので、ぜひもっと掘り下げてその闇の皆さんを引きずり出して壊滅させるべきでは……?

 

筆者の個人的な考えとしては、「組織というのはびっくりするほどしょうもないことをなぜかみんなで隠そうとすることがあるんじゃないかなぁ」ということ。普通に考えたらあり得ないことでも、財務省内で権力を持つ人々がさまざまな忖度を行った結果、別に消さなくてもいい記述を消しまくってしまうということはあり得るだろうと思う。

 

ネットで陰謀論に陥る人って、「○○でなければ説明が付かない」みたいなことを安易に言いがちだけど、人間や組織っていろんな機微が重なった結果として説明がつきにくいことをしてしまう不合理なものだという前提は忘れずにいたい。これについては後日書くかも。

 

■なぜ財務省は公文書を派手に改ざんしたのか?

 

www.yomiuri.co.jp

 

当時、同省理財局長だった佐川宣寿・前国税庁長官の答弁との整合性を取るため、学園との事前の価格交渉をうかがわせる記述などが削除された。理財局の指示で、理財局と近畿財務局の一部職員が行ったという。麻生財務相は、最終責任者は佐川氏だったとしている。

 

上記の読売記事によれば、

  • 改ざんを行った理由→佐川前長官の答弁との整合性を取るため
  • 最終責任者→佐川氏

上記の「理由」は組織の動きとして納得できる。次に明らかにされねばならないのは、「じゃあなぜ佐川前長官は虚偽だらけの答弁を行ったのか」ということだ。つまり、佐川前長官の証人喚問は最低限不可避であると思う。

 

www.huffingtonpost.jp

書き換えが行われた時期については、「(一連の報道がなされてから書き換えがされたという)認識はない」とした上で、「佐川の(国会での)答弁と決裁文書の間に齟齬があった、誤解を招くということで佐川の答弁に合わせて書き換えられたのが事実だと思います」と説明した。

(略)

記者から答弁に合わせて資料を書き換えるのは変ではないかと指摘されると、「変だから処罰されたんだ。それによって佐川が減給の上で辞めるということになったんでしょう」と述べた。

書き換えの責任者について麻生氏は、「書き換えの一番トップはその時の担当者で、そんなに偉いところではないと思う。最終的な決裁として、佐川が理財局長だったから、その意味で理財局長となろうと思う」と述べた。

 麻生大臣も「改ざんの動機は佐川の答弁とつじつまを合わせるため」「責任は佐川にある」と認めている。ただ、一方で麻生氏は佐川氏の辞任について

「正直、残念だという気持ちがある。極めて有能だし真面目」

「責任を感じていることは理解するが、少なくとも国税庁長官として不適任だったという意識は私にはない。理財局長時代もきちんと仕事をした。適任な人を信任したと思っている」

 と、佐川氏に全く問題がなかったとの見解も示しており、いまいち意味不明ではある。普通なら「もし佐川氏が本当に虚偽答弁や改ざん工作指示をしていたのだとしたら私の見る目がなかった。任命責任を強く感じている」といった態度になるはずなのだが、麻生大臣は弱気を見せたら死ぬ病なのだろうか。

 

■佐川前長官の証人喚問は本当に必須か?

前述の通り、必須だと思う。

 

驚いたことに、この段階に至っても自民党は佐川前長官の証人喚問を拒否し続けている。

www.asahi.com

this.kiji.is

 

野党は昭恵夫人経産省・谷氏、迫田元理財局長・元国税庁長官らも証人喚問で呼べと主張しているが、そのあたりを呼ぶ根拠はまだ薄いように思うのでひとまず置いておきたい。

 

しかし、総責任者である佐川氏だけは必ず呼ばねば一連の事態解明は難しいだろう。

 

安倍政権の擁護をする人々の主張は、ざっくりと

  • 財務省内の一部の職員がやった不祥事に過ぎず、国を挙げて騒ぐようなことではない」
  • 「もっと重要なことが山積みなのに足を引っ張るのは売国奴
  • 「これ以上騒ぐと関西の闇に触れみんな死ぬぞ?いいのか?」

といったところかと思う。

 

しかし、これは明らかに事態の矮小化であろう。他のことも大事だが、他のことにちゃんと取り組むためにも、まず佐川の招致など粛々と進めるべきなのは政府であり与党の方だ。

 

この組織的公文書改ざんが日本を揺るがすレベルの極めて重大な事件であることは、これまで森友問題で政府寄りの立場を取り、基本的に安倍政権に親和的な読売新聞、産経新聞といったメディアも強く主張している。

www.yomiuri.co.jp

 

www.sankei.com

 

【読売新聞】

事実をゆがめた答弁を繰り返した佐川氏の辞任と懲戒処分は当然だ。首相と麻生財務相任命責任を重く受け止めねばならない。

 麻生氏は「理財局の一部の職員により行われた」と語り、組織ぐるみでの隠蔽いんぺいを否定した。

 書き換えをいつ誰が指示したのかや、詳しい動機を調べる必要がある。責任の所在を明らかにした上で、関係者の処分や再発防止策に取り組むべきだ。(読売)

 

産経新聞

 安倍晋三政権はこの1年、土地売却や財務省の対応などに問題はないと答えてきた。これを覆す事態である。

(略)

 安倍首相は「行政全体の信頼を揺るがせ、行政の長として責任を痛感している。国民に深くおわびする」と語った。信頼回復に向けて「全力を挙げて取り組む」という以上、関係者の国会招致などにも積極的にあたるべきだ。

(略)

行政内部の問題にとどまらないのは、安倍政権が国会答弁や記者会見で、事実に基づかない説明を続けてきたことである。結果として、政権そのものに対する国民の信頼を傷つけたことを、直視しなければならない。

 国会議員に提示する文書の書き換えは、立法府の軽視である。与野党を問わず、厳しく対処しなければならない。

 安倍首相は昨年6月の記者会見で、森友学園加計学園の問題への対応を反省し、「信なくば立たず」と語った。政治とは国民の信頼がなければ成り立たないという孔子の言葉である。

 「真摯(しんし)に説明責任を果たしていく」とも語っていたが、これまでの対応や行政機関への指導監督の欠如をみるかぎり、反省は生かされていなかった。

(略)

 佐川氏の辞任は説明責任を逃れる免罪符とはならない。与野党は協力して、国会招致を実現すべきである。

 佐川氏を国税庁長官に起用した麻生氏の責任も重大である。佐川氏への疑問が拡大する中でも「適材適所」と擁護していた。

 日本は、北朝鮮核危機という国難に直面している。そのときに政権が国民の信頼を失うことが、いかに政策遂行の妨げとなるか。

 安倍首相には、重大な失政と認識して対処してもらいたい。

 

 引用が長くなったが、森友問題においてずっと安倍政権サイドにいた読売も産経も安倍政権を批判し、佐川前長官の招致を強く求めていることからも、ネットの安倍政権支持者たちがいうほどしょぼい問題ではないという両紙の認識は伝わってくるのではないだろうか。

 

■おまけ:削除された箇所について考察

一応ざっと書いておくと、佐川前長官の虚偽答弁のコアはざっくりと「森友と事前に価格交渉をした事実はない」ということだ。そのために「実は事前に価格交渉していた」という箇所を削除するのは理解できる。

 

しかし、別に問題ないはずの「政治家秘書による問い合わせ」「籠池の主張した昭恵夫人の発言」「籠池と昭恵夫人の親しさを裏付ける産経の記事」なども一緒に削除した理由は気になるところだ。

 

www.sankei.com

 

 あどけない幼児が大きく口をあけ、難しい言葉を朗唱する姿を初めて見た人は一様に驚き、感動する。安倍首相の昭恵夫人もそのひとりだ。

 昭恵夫人は昨年4月、同園の視察と教職員研修のため訪れたとき、鼓笛隊の規律正しいふるまいに感動の声を上げた。さらに、籠池園長から「安倍首相ってどんな人ですか?」と問いかけられた園児らが「日本を守ってくれる人」と答える姿を見て、涙を浮かべ、言葉を詰まらせながらこう話したという。

 「ありがとう。(安倍首相に)ちゃんと伝えます」

 

この産経の記事が資料として添付されていたのは昭恵夫人との親密な関係は籠池氏のホラではなく、昭恵夫人森友学園に共感し、応援しているのは事実であるし、おそらく安倍総理も同じである」ということを示すためと思われる。

 

また、同じく削除された、「籠池氏は日本会議大阪の代表・運営委員だった」「日本会議とは安倍総理や麻生大臣も名を連ねる組織である」という記述も、「籠池なる人物は単なるうさんくさい親父ではなく、要人も名を連ねる組織の代表であり、産経新聞昭恵夫人に応援されている、それなりの実力者・名士である」ということを裏付ける資料としての記述だったのではないだろうか。

 

籠池氏の証人喚問時から、安倍総理自民党もみな「籠池は詐欺師であり、こんな人物の発言は全部虚言である」という方向で一致団結していたが、籠池氏はもともと日本会議大阪の重鎮で、関西方面では愛国教育家としてけっこうな名士だったことが報道されており、櫻井よしこ氏、百田尚樹氏、曽野綾子氏、青山繁晴氏、竹田恒泰氏、渡部昇一氏、中西輝政氏、田母神俊雄氏、中山成彬氏、平沼赳夫氏といった錚々たる保守論客がサイトに推薦文を寄せ、講演に訪れていた。彼らの多くは森友騒動に口をつぐみ、あるいは手のひらを返して「偽保守の詐欺師」と罵倒してみせたが、与党と距離の近くない田母神俊雄氏など一部は森友問題発生後も籠池を真の保守思想を持った愛国教育家としてかばい続けていた。

 

籠池は本当に詐欺師なのか?まともな保守の論客たちは単に詐欺師に騙されていただけの被害者なのか?ここはちょっと検討したいと思う。少なくとも、財務省が問題の文書を作った時点では「詐欺師」ではなく「名士」だったはずだ。

 

つまり、今安倍政権擁護派の人たちが主張するような、「籠池が詐欺師なのは誰が見ても一目瞭然で、財務省が削除した籠池と昭恵夫人に関する記述は単なる籠池のホラ。財務省だって籠池のホラを信じてない」ということは当たらないのではないかと思う。しかも谷秘書官からの問い合わせもある。当時の財務省の認識としては安倍総理に極めて近い実力者なのは確かなようだ。粗相のないように対応せねば」というものだったとしても違和感はない。

 

もう一点、「昭恵夫人安倍総理からと言って100万円を寄付した」という話。親安倍政権派の人々の間では「白紙札束ワロタ」「籠池の虚言で昭恵夫人可哀想」といったところに着地しているが、ここはかなり怪しいと筆者は思っている。

 

というのも、昭恵夫人が勝手に安倍総理の名前を出して安倍総理の代弁をしている実例があるからだ。

 

この動画は籠池氏の瑞穂の國記念小學院の名誉校長となった昭恵夫人の講演だが、この中で昭恵夫人は以下のように述べている。

 

 

www.youtube.com

実は昨日、主人はミヤネ屋という番組とそこまで言って委員会というののそちらは収録ですけれども、のために大阪に来ておりました。時間があればですね是非こちらにも寄らせていただきたいというふうに言ってたんですけど、残念ながらトンボ返りですぐ東京に戻りましたけれども、こちらの教育方針は大変主人も素晴らしいというふうに思っていて、先生からは安倍晋三記念小学校という名前にしたいというふうに当初は言っていただいてたんですけれども、主人が、総理大臣というのはいつもいつもいいわけではなくて、時には批判にさらされていることもあると、そんなときに自分の学校の名前が安倍晋三という名前が付いてると、もしかすると色んなとこから、その名前によってイジメにあったりすることがあるかも知れないし、色々なことで学校側も、なんで今こんな名前を付けたのかというふうにイジメられるかも知れないので、もしお名前を付けていただけるのであれば総理大臣を辞めてからにしていただきたいということで、それをご理解いただいて籠池園長が瑞穂の國記念小學院という本当に素晴らしいお名前を付けられました。

特に重要なのが

  1. 昭恵夫人「こちら(森友)の教育方針は主人(安倍総理)も素晴らしいと思っていて」
  2. 昭恵夫人「(安倍晋三記念小學院という名称について安倍総理は)『もし名前を付けていただけるのなら総理大臣を辞めてからにしていただきたい』と」

 

という部分かと思う。というのは、この1と2はいずれも後に安倍総理に完全否定されているからだ。

 

安倍総理のスタンスは「籠池なんてよく知らないが昭恵が騙されていたのだと思う」「安倍晋三記念小學院なんてあり得ない、迷惑な話」というもので、しかし昭恵夫人が籠池夫妻らに正反対のことを言っていたなら、籠池夫妻は本当に全く意味がわからないのではないだろうか。

 

安倍夫妻の上記の「認識の不一致」はどこから来るのか。二人のどちらかが嘘をついているのか。

 

  • 昭恵夫人が嘘をついている場合→昭恵夫人は勝手にリップサービスで『主人も応援しています!』などとあちこちで吹聴してしまうお調子者であった
  • 安倍総理が嘘をついている場合→本当はわりと籠池に共鳴し応援していたが、今となっては恥ずかしい黒歴史なのでなかったことにした。

https://mamorenihon.files.wordpress.com/2017/12/abeshinzo_tegami_tsukamotoyouchien.jpg

 

個人的には前者に近いかなと思う。例の100万円寄付の件も限りなく「勝手に安倍総理名義でやったのでは?」と思っている。

 

そうしたささやかな昭恵夫人の「曖昧なうそ」「リップサービス」を隠し守るために、安倍総理自民党が忖度しまくった結果、いつのまにか大ごとになってしまった可能性はなくはないのではないか?

 

一方で、後者の要素もなくはないかもなとも思う。田母神氏など一部を除く旧森友応援団は、ある時点を境に全員手のひら返しをし、全て詐欺師夫妻に押し付ける動きを見せた。でも籠池氏って昔は保守系論客やメディアにもてはやされてたし、あの人金には汚いけど愛国心自体はピュアじゃないか?真の保守であり、かつ姑息な犯罪者であることは矛盾しないだろう。

 

ちょっと考えてるのは、値引きの真相は全然関係ないこと(関西の闇!)にあるにも関わらず、

昭恵夫人周辺が勝手に「昭恵夫人の働きかけの影響もあったのかも」と不安になった結果、忖度が働き、本来消さなくていい箇所まで消してしまったという可能性。

 

まあなんにせよ真相は「安倍総理財務省に指示したのだ!」みたいな単純なストーリーではなく、もっと複雑かつしょぼいところから始まっている気がしてならない。まずは佐川氏の証人喚問を望む。

 

二郎初心者向けサイトがあまり書いてくれなかった二郎系のコールの基本以前の基本

まず前提として筆者は本家「二郎」に行ったことがない。

が、近所にいわゆる「二郎インスパイア」系のラーメン店が2軒あり、大変好きでよく通っている。

 

二郎系といえば初心者への敷居の高さで有名だ。

注文の仕方がよくわからない、マナーがよくわからないという理由で二の足を踏む人も多いだろう。

 

もちろん、そんな人たちのためにネット上には「二郎初心者のための入門サイト」みたいなのがたくさんある。しかしそういう入門サイトを見てもよくわからないことがあると思ったので、自分なりの補足解説を以下に記しておく。

 

 

なお、ここでは比較的簡単と思われる「食券を買う」「食券を渡す」のフェーズは省略する。食券は迷わず「小」を買っておけばいいし、麺の太さ硬さを選べる店でも迷わずデフォルトでいい。

 

また、列の先頭の人から順に空いた席に座っていくのだが、これも普通に観察してたらわかるし、店員も誘導してくれる店が多いであろうから特に書かない。

 

あくまでも一番の難所である「コール」について、二郎初心者向けサイトであんまりちゃんと書いてないことが多い部分を補足しておきたいというのがこの記事の趣旨だ。

 

 

■コールについて

コールとは、「トッピングの希望を店員さんに伝えること」である。コールとか言うからプロっぽくて敷居が高く感じるが、普通に日本語で話せば店員さんとのコミュニケーションは成立するはずだ。(でも店によるのかも)

 

二郎系ラーメンにおいて店員は、調理が終わり、客の前にラーメンを出す直前に「お次、ラーメン小の方、ニンニクどうしますか?」とか「隣のつけ麺の方、トッピングは?」などとこちらに聞いてくる。

この「調理終了後、客に出す直前」がコール(トッピングの希望量伝達)のタイミングだ

ここで動揺しないように、席についてラーメンが出てくるのを待ってる間に、他のお客さんがどんなふうに声をかけられるか見ておくといいだろう。

 

■トッピングの具体的な中身

店やメニューによって変動するが、普通のラーメンの場合は「ニンニク」「野菜」「アブラ」「カラメ」の4つが基本のトッピングである。カラメってなんだよとかあると思うが後ほど簡単に触れる。

 

なお、ニンニク以外のトッピングは別にコールしなくても入っている

なので、「野菜コールしないと野菜入れてもらえないのかな」と心配する必要はない。

「ニンニクの有無を聞くついでに、野菜、アブラ、カラメの希望量も伺いますよ」というシステムなんだと思う。

 だから「トッピングどうしますか」ではなく「ニンニク入れますか」と聞いてくる店が多いのだろう。

 

①ニンニク

刻み生ニンニクのこと。ニンニクを入れるか、入れないかを選ぶのが二郎系のコールの基本だ。

→入れない場合「ニンニクなしで」とか「そのままで」とかで通じる。

→入れる場合「ニンニク入れてください」とか「ニンニクお願いします」とかで通じる。(「ニンニク」と体言止めコールするのは後述の野菜アブラカラメと同時コールする場合だけだろう。人のコミュニケーションとして)

→たくさん入れる場合「ニンニクマシで」「ニンニク多めで」などとコール。

→ちょっと入れる場合「ニンニク少なめで」などとコール。

初心者はヘタにコールしなくていいと思う。

 

②野菜

茹でたキャベツともやしだと思っておけばいい。最初からかなり大量に入っている。

→たくさん入れる場合「野菜多め」「野菜マシ」とかコールすればいい。なお、別にコールしなくてもわりとどっさり野菜が入っている。

 

③アブラ

味の付いた豚の背脂。いわゆるラードだろうか。

アブラでぎとぎとするのが二郎系ラーメンのスープの重要要素なので、増やしたい人は増やしたいのだろう。

→たくさん入れる場合「アブラ多めで」とかコールすればいい。なお、別にコールしなくても適量のアブラが入っている。

 

④カラメ

味を濃くするためのタレ、主に醤油タレ。店ごとの秘伝のタレなのだと思う。

→たくさん入れる場合「カラメ多めで」とかコールすればいい。なお、別にコールしなくても適量のカラメが入っている。

 

ここまででもうおわかりかと思うが、にんにく以外のすべてのトッピングはコールなどする必要もなく適量がすでに入っている

別にトッピング調整せずそのまま食べれば、そのメニューの本来の美味しさが味わえるのだ。

 

じゃあコールはどういう人がするものなのかと言えば、「もうその店にある程度入り浸っていて味がわかっており、さらに細かくカスタマイズして自分の好みに近づけたい常連」のためのシステムと思っておけばいいと思う。

 

つまり初心者であれば

 

店員「はいお次、奥の、ラーメン小の方~?」

客「あ、そのままで…」

店員「はいどうぞ~」

 

このやり取りだけでいいのだ。

余計なコールなどに神経をすり減らす必要はない。

(ニンニク好きなら「ニンニク少なめ」ぐらい言ってもいいかも)

 

だいたい初めて食べる店なのに、その店の標準の味もわからないうちから「自分好みにカスタマイズ」なんておかしな話だ。

二度くらい食べてデフォルトの味が十分にわかって、そこで初めて調整がしたくなるのが自然な流れであろう。

 

■結論:初心者は無理にコールなどしなくていい

だから最初は無理にコールなんてしなくていい。

マシマシとか言ってる人は熟達者だけだ。

というか普通の人がトッピングをマシとかマシマシで頼むのは無謀である。

ただでさえピーキーな二郎系ラーメンをさらに過激化させるのはオススメしない。

 

十分に慣れてきて、緊張せずに他の客を観察できるようになり、さらにトッピングをもっと自分好みに調整したくなったらコールにも挑戦してみればいい。 

 

多くの二郎初心者向けサイトでは「コール(呪文)なんて覚えてしまえば簡単です♪」みたいに書いているが簡単ではないしそもそも必要でもない。 

このことを書いているサイトが少ないように感じたため今日は日記を書いてみた次第である。

 

■補足1:日本語で話せば店員には通じる

なお、上記の店員とのやりとりは店によって、あるいは店員によって変動する。

「お次、小の方、ニンニクは?」とか「つけ麺の方、トッピングは?」とか。だいたいこっちの顔を見て聞いてくるので、「そろそろ次の調理が終わり、俺を含む数名にラーメンが来るな」と思ったらケータイいじるのやめて待機しよう。

(ちなみに二郎系は毎回5~6人分のラーメンを同時に調理するため、出来上がると5~6人に次々とトッピング量を聞いてきて順に給仕する)

 

また、客からの回答も、「そのままで」じゃなくても「全部普通で」とか「あ、(ニンニク)要らないです~」とかでも通じると思う。要するに日本語でコミュニケーションすればOK。

 

■補足2・連続呪文について

いわゆる「ニンニクアブラカラメ~」みたいな連続呪文風のコールについてはそれこそあちこちの二郎初心者向けサイトで解説しているのでそちらをご参照いただけばよいが、いちいち「ニンニク入れて、アブラ多め、カラメ多めでお願いします」などとコールすると長くなってかえって伝わりづらいため省略されているだけである。

 

上記「ニンニクアブラカラメ」なら、「ニンニク(を適量入れて)、アブラ(を多めに)、カラメ(を多めに)」といった意味になる(はず)。

 

「ニンニク野菜マシカラメ~」とか「ニンニクマシ野菜マシアブラ多め~」とかいろいろバリエーションができると思う。

 

野菜やニンニクのマシとは「多め」という意味だが、マシと多めの使い分けはよくわからない。別に「ニンニク、多めで」でも店員には伝わるはずだ。また、マシマシは「すごく多め」ということだろうが、あまりマシマシとか言ってる人を見た記憶がない。口に出すのに勇気が要るし、いろんな意味で上級者向けのコールと思う。

 

呪文についてルールが明確化されている店舗なら、店内に張り紙がしてあったり、公式Twitterなどに明記されているだろうから、事前にチェックしておこう。 

 

※最初に書いたとおり筆者は二郎インスパイア2店舗しか経験がないため、すべての二郎系の作法についてはわからない。おかしな記述があればご指摘いただけると幸い。