罰を受けて罪を償う

備忘録です。

「忖度があったはず」と責める異常さと「忖度などない」と断言する異常さ

 

delete-all.hatenablog.com

フミコフミオ氏のブログを読み、また思ったことをばーっと書いておく。土日に整理しよう。分割しようかな……。

 

 

「忖度があったはず」と責める異常さ

 

そもそもメディアや野党の無能ぶりというのは、証拠が出るはずもない問題に固執し、国民の支持を得られないまま、大事な問題をほったらかしにして1年間騒ぎ続けたことだ。

 

典型的な記事がこれ。

 

www.buzznews.jp

 

上記事でも指摘されているように、着地点が全くわからない。野党やメディアは、なんなら

 

首相「忖度したのか?」

官僚「しました」

首相「してたそうです……」

 

みたいな調査と報告をしてほしいのだろうか。そんなアホな話はない。

 

常識的に考えて「忖度があった」という証拠が出てくることはない。忖度とは内心の問題であるからだ。そして仮に「忖度してしまった」と官僚が告白したとしても、それを理由に首相を咎めることなどできない。首相を咎め、首を取るためには、忖度などという曖昧なものではなく「官邸など安倍総理周辺による指示の証拠」が必要なのだ

 

そしていくら1強で油断して驕っていたとしても、そんな証拠の残ることをするほど安倍総理はアホではないだろう。いやかなりアホだと思うが、さすがにそこは二度も総理の座を得た政治家であり、最低限のところはわきまえている。

 

そして自分がそんな指示をしていないことを知っているからこそ、安倍総理「私や妻が関与していたら大臣も議員もやめる」と言い放ってしまった。

 

問題は「妻が関与」の部分なのだが、ひとまずここでは「野党とメディアの無策」を指摘して終わる。

 

さんざん大騒ぎする野党とメディアを、筆者も他の多くの日本人と同様に冷ややかな思いで見ていた。「何が目的なんだ?」「落とし所がないじゃないか」「総理に何をしてもらったら満足するんだ?」

実際、今回の公文書改ざんスクープが朝日から出るまでは、野党もメディアも振り上げた拳のおろし方が分からなくなっていた感は否めない。

 

最終的に思いがけない形で「落とし所」が出現したのが今回の騒動だが、とてもじゃないが「我々はこれを狙っていたのだ」とは言えないだろう。目的地もわからぬまま闇雲に暴れまくってみたら、なんだかよくわからないけど財務省がゲロを吐いたのだ。何かしょうもないミラクルをここに感じる。

 

これをもって「安倍総理財務省に改竄を指示した証拠だ!」というストーリーには決してなるまい。安倍陣営もかなりびっくりしたというのが本当のところだろう。なんなら朝日新聞もびっくりしたのではないだろうか。

 

「忖度などない」と断言する異常さ

野党とメディアがこんな無理筋の森友問題に躍起になったのは、首相や官房長官の言動があからさまに怪しかったからだろう。

 

何が起ころうと「調べます」とも言わずに常に「忖度などない」「妻は関係ない」と即座に断定する。資料はなぜかことごとく廃棄されているといい、調べようとする素振りもない。雑でぞんざいな対応が多い。

 

また、関西の保守界隈で名士だった籠池夫妻は「保守でもなんでもないただの詐欺師」というレッテルを貼られ、超高速で切り捨てられた。昭恵夫人と籠池夫人のメールのやり取りも不自然極まりない。

 

昭恵夫人お付きの谷査恵子秘書官が籠池のために財務局に問い合わせていたことが注目されると谷秘書官がイタリアに謎の栄転。

 

「なんだか分からんが、これは何かある」

 

野党やメディアがそう思い込んでしまったのも無理はないと思う。安倍総理やその周辺の不自然かつヒステリックな対応を見たら、いかにも何かありそうだ。だから無理筋で食いつき、盲滅法にあれも怪しい、これも怪しいと騒ぎ立てた。この攻め方も実に雑であった。怪しい要素だらけすぎて、どこに絞って攻撃していいかまるで判断が付かないのだ。

 

野党とメディアがあまりにもなんでもかんでも叩いて騒ぐので、その都度国民はうんざりし、モリカケうんざり病が日本に蔓延した。いつも騒いでいると、本当にここぞというときに騒いでも効果が出ない。オオカミ少年のような話である。

 

さて、やたら怪しい安倍総理自民党の森友への反応だが、筆者が特に気になっていたのが、安倍総理や菅官房長官「忖度などない」という断定口調だった。

 

何か新しい事態が起こり、それについて質問を受けると、安倍総理や菅官房長官いつもその場で「忖度などない」「関係ない」と即答する。しかしこれは明らかに異常な話で、人間社会には忖度がつきものであり、官僚が内閣や首相に対して一切忖度しないなどということは考えられない。

 

ましてや第二次安倍内閣内閣人事局が設置されて人事権を内閣が握ったこと、長期に渡る安倍一強体制などで、より官僚が安倍総理や内閣に忖度してしまう条件は整っていた。

 

「人間、忖度なんて絶対あるに決まっている」「なぜそれを否定するのか」ということを森友問題初期から唱えていたのが橋下徹氏や維新の松井一郎氏だ。

 

橋下氏は先日もこんなツイートをしていた。

 

blogos.com

 

まだ何の調査も始まっていない今の段階で忖度を全否定する麻生さんに調査資格は全くない。(橋下氏ツイート)

 

まさしくその通りで、上の立場の人間がなぜ「忖度などない」と断定できるのか。安倍総理は「忖度があったなどと主張するのは官僚に対する最大の侮辱」とも言っていた。ボスにこんなことを言われたら、可哀想な官僚たちはどう思うだろうか?「間違っても忖度したなどと言うわけにはいかない」と追い詰められてしまうのではないだろうか。安倍さんや麻生さんが「忖度など絶対にない」と言えば言うほどに、全官僚に対して「余計なことをしゃべるなよ」というさらなる忖度を強要することにもなりかねないのだ。

 

天然ピュアな安倍総理はともかく、麻生さんや菅さんがそんなことを分からないとは思えないのだが。

 

もう一つ、橋下氏のメルマガ記事を引用する。

 

president.jp

 

つまりこの森友学園問題が発生した当初に、役所の忖度性質を十分認識した上で、「自分の妻が森友学園の名誉校長に就任したことが、その後の財務省森友学園の土地取引に少なからず影響したと思う。違法性・不正はないが、この点は申し訳なかった。森友学園との契約経緯がどのようなもので、どこに問題があったのかを徹底的に明らかにする」という方針を示していたらどうなっていたか。

 

財務省は、会計検査院が報告したような事実を自ら報告したであろう。首相夫人が名誉校長に就任したことが少なからず影響したことも報告したかもしれない。安倍さんがこのような方針を示せば、書類やデータを徹底して廃棄するというよりも、むしろ徹底して書類やデータをかき集めて事実調査をし、どこに問題があったのかを明らかにしたであろう。そして公文書を書き換えることもなく、職員が自殺することもなかったであろう。何よりもこの1年間の無駄な国会というものもなかったであろう。

安倍さんの「私や私の妻が関係していたなら総理大臣と国会議員を辞める」という2017年2月17日の発言が、財務省が暴走した根本原因だと思う。 

安倍政権はなぜ事実をきちんと確認しようという指揮命令をしなかったのか。どう考えても、森友学園を巡る財務省の国会答弁は国民をバカにするような対応だった。あれだけ必死になって書類やデータが廃棄されたという答弁を連発しながら、関係者に確認もしないという。この財務省の対応を正すのは麻生さんと安倍さんだった。

橋下氏の主張は当初から一貫している。橋下氏自身が、森友騒動に対する態度・方法として全く違うやり方を選んでいるからだ。

僕は森友学園の小学校新設申請を巡る問題について、「大阪府庁の職員は僕に忖度していたはずだ。ただし違法性・不正はない。それでも私学審査に不備があったことは申し訳ない」というスタンスで臨んだ。松井一郎大阪府知事にも、徹底した事実解明をお願いした。

大阪府は、ただちに関係者へのヒアンリングなどの事実調査をやった結果、僕や松井さんの規制緩和の方針を受けて大阪府私学課は森友学園の審査に臨んだという事実を明らかにした。つまり僕に忖度していたわけだ。ただし僕や松井さんが個別の指示をしたことはないことも確認してくれた。その上で私学課の審査の不備・問題点を明らかにし、それに対する対策を講じることとなった。

 

この橋下氏の文章は、ほとんど今回の財務省による公文書改ざんの真実に迫っている指摘ではないだろうかと思う。なぜ安倍総理は「忖度のようなものがあったのかもしれない、それは正直分からないが、私の方からそうした指示や働きかけを行ったことはない」と言えなかったのだろうか。

 

まあ安倍総理のああした感情的な言動が「隙だらけ」に見えて野党やメディアが雑な攻め込み方をし自滅するというムーブはこれまで多数観測されており、あの天然な隙だらけっぷりこそが安倍総理をここまで1強足らしめた才能なのかもしれないが。

 

マネジメントとして安倍総理の態度は最悪であった。菅官房長官や麻生大臣の態度も最悪だ。

 

なぜこんな異常事態になったのか?

 

決してアホではない人たちも含め、この件で前に出て発言してきた官邸サイド・与党サイドの全員が「忖度などない」「籠池はただの詐欺師でその言葉は全部ウソである」と同じ主張を繰り返してきたのは、誰か戦略ブレーンによって「全員この路線を死守すべし」と方向性が決められ、皆忠実にそれを守ったのだろうと考える。

 

橋下氏の言う通り、全員が何か小さな、そしてわりとどうでもいい「嘘」「ほころび」を守るためにやっきになり、そこに不自然さや怪しさが生まれ、そこに取り憑かれた野党とメディアが暴れ続けた結果、双方にとって思いがけない形で財務省の大犯罪が明らかになったのだろう。

 

私はその最初の最初の小さな嘘、ほころびは昭恵夫人にあるのではないかと見ている。動画やメールのやり取り、産経の記事などから、夫人が籠池夫妻に心酔していたことは間違いないし、安倍総理自身も籠池氏にかなり好意的であったのだと思う。

 

そして昭恵夫人は、自らが名誉校長を務めることになる小学校を応援するため、谷秘書官を通じて財務省に問い合わせるなどの働きかけを行っていたこれは確定事実である。

 

加えて、公文書から削除された資料の中には、「籠池氏と昭恵夫人の固い絆と、籠池氏の教育理念が真に保守的で素晴らしいこと」を書き立てた産経新聞の記事が含まれていた。同じく、籠池氏が代表・運営理事を務めていた日本会議大阪について、「安倍首相や麻生大臣も所属する組織」とする資料も削除されていた。

これらの資料が何を意味するのかといえば、財務省内で「籠池という人物は確かに首相夫人とつながりが深い、関西の保守人脈の名士であるようだ」ということを裏付けるための資料だったのではないだろうか。

 

個人的な感覚で言うと、「謎の大幅値下げ」について、昭恵夫人の働きかけが決定打になったとはあまり思えない。何か別の理由が隠されていそうだ(関西の闇!など)。

 

しかし、昭恵夫人やその周辺は森友学園の値下げがメディアで騒がれだしたときどう思っただろうか?「もしかしたら私たちの問い合わせなどの働きかけが、財務省を動かしてしまったのでは?」と心配になってもおかしくはない。値下げの真実がどこにあるかはともかく、昭恵夫人や谷秘書官がそういう一抹の不安を抱かなかったとは思えない。いや、抱くだろう普通。

 

そして同じことを官邸の誰かや財務省の誰かが思ったとしたら、安倍総理「私や妻が関与していたら大臣も議員も辞める」という発言に青ざめたのではないだろうか。

 

万が一にも、そのような疑惑を追求される恐れのある資料を残してはまずい。細工しなくては。そうした忖度が連鎖した可能性が高いように思うのだ。

 

www.yomiuri.co.jp

 

7日に自殺したとみられる50歳代の男性職員が、本省の指示で文書を書き換えさせられたとの趣旨のメモを残していたことが、関係者への取材でわかった。

 

www3.nhk.or.jp

麻生副総理兼財務大臣も12日、文書の書き換えは本省の理財局からの指示で行われたことを明らかにしていて、指示をうかがわせるメールは検察当局も確認しているということです。

 

書き換え時の理財局長はもちろん虚偽答弁を行った佐川氏本人だが、理財局が安倍内閣にべったりになったのは佐川氏の前任である迫田氏の時代からそうであったと思う。これについてはまた別途書く。

 

党派主義の呪いと無謬主義の呪い

この事件についてのネットの反応なども見ていて思ったのは、つくづく日本は「正義と悪」に二分されていて、誰もが「絶対正義の我々が絶対悪のあいつらを無力化したい」という党派主義の呪いに縛られているということ。

 

そして党派主義の現れとして、「味方は絶対に無謬でなくてはならない」「味方の落ち度を認めたら負けになる」といった無謬主義の呪いもある。

 

例えば先の東京都知事選で鳥越俊太郎のセクハラ問題が発生したとき、鳥越批判をするリベラル派を「味方を撃つ裏切り者」と攻撃したり、「大きな正義のためにはそんなしょうもない疑惑など無視すべき」と矮小化する勢力が多数確認された。

 

多くのリベラル派が、「味方に落ち度や罪があってはならない」という考えに囚われ、鳥越の悪事に見て見ぬふりをしたわけだ。

 

安倍総理らの「忖度などない」「私や妻の関与があったなら大臣職・議員職を辞す」路線にもこの「絶対正義の我々には一切落ち度があってはならない」という無謬主義の呪いを感じる。別に、仮に妻が関与してたって、その関与が「財務省に問い合わせ」レベルなら、全く大した問題ではないのだ。むしろ安倍総理に同情が集まるシナリオすらあったと思う。

 

橋下氏が「忖度は当然ある」という前提に立ったように、「自分たちにも落ち度や間違いはあって当然」というのは、本来当たり前のことである。味方陣営にもチョンボは多々あるし、敵陣営だろうと支持すべき言動があれば支持すればよい。これが是々非々という感覚だが、今の日本は余裕がなさすぎて是々非々が許されにくいように思う。

 

例えばアベニクシーの人々は、安倍総理原口一博氏の闘病にエールを送り原口氏が感謝の念を述べたとき、なぜか原口氏を攻撃した。「アベに感謝するなど利敵行為である」「アベに良いところなどあってはならないし、あっても世間に流布してはならない」ということだろう。少しでも敵を利するやつは裏切り者か、ころっと騙されてる愚民扱いなのだ。

 

逆に安倍総理シンパの人々は今回の公文書書き換え事件をしきりに矮小化しようとしている。ネットでは基本的に安倍政権支持者のほうがまともな発言をする人が多いので、筆者のTwitterでのタイムラインはそうした人たちの発言が並ぶのだが、今回の騒動では党派性に絡め取られて醜態(関西の闇とか)を晒している人が多く、リムーブが捗った。

 

「味方サイドの落ち度は見て見ぬふりをするか無理やり正当化や矮小化を行い、敵サイドの正論は無理やり否定したり論点をずらして攻撃する」というのが、党派性の呪いにかかった人間の行動だ。安倍政権支持者こそ、今回の一連の安倍内閣のクソムーブを批判すべきだと思う。そして佐川氏の召喚を歓迎すべきだろう。

 

最後に余談だが、党派性といえば最近はあちゅう騒動の際によっぴー氏が「嫌いだけど支持するとかいう奴らなど不要だ」と多くのネット民を攻撃し炎上した。筆者が思うに「嫌いな奴だが、この件については全面的に支持する」だったり、逆に「尊敬する先生だが、この件については全く擁護できないし否定せざるを得ない」という表明は、党派性の呪いから解き放たれており、むしろ尊いと感じる。

 

「大きな正義のためには、小さな悪など全部無視すべき。我々は絶対正義なのだから、少々の悪事で騒がれて足を引っ張られるなどあってはならない」「加害者は100%加害者、被害者は100%被害者でないと都合が悪い。正義が弱まって不利だ」という態度は、今や党派を問わず主流の考え方に思える。これは大変に息苦しく、「大きな正義ではあるがそれはそれとして、小さな悪はしっかり認めて、謝り、改めよう」という当たり前の空気が醸成され、そうした人こそが信頼を得る社会になることを望む。

 

尊敬する人だろうが、味方サイドの人間だろうが、クソなことはクソと言わなければ、世界はクソゲーと化す。僕は安倍政権支持者だが、今回のクソっぷりは逃げ切らせては後世に巨大な負の遺産を投げることになろうと思う。