はてブの出来事

備忘録です。

「○○すりゃいいじゃん」「なんで○○しないの?」の暴力性

先日こんなブコメをしたので、日ごろ思ってることを書いてみたい。

 

餅屋🧲⚡️ on Twitter: "【大至急!!拡散希望です!!!】 子どもと近所で遊んでたすぐそばに落ちていた物で息子が拾ってしまい、すぐ離すように伝えたあと置いたものを見たら、放射線マークがかかれていて、鉛のように重かったためとても心配になり有識者の方がいらっし… https://t.co/E4MX2xJzbO"

この「なぜ○○しないの?」については長らく課題意識がある。なぜ、「なぜ○○しないの?」と思ってしまうのか。近々まとめたい。

2022/11/04 06:54

b.hatena.ne.jp

 

「○○すりゃいいじゃん」

「なんで○○しないの?」

 

日ごろ、いろんなニュースに対して掲題のような疑問を抱く事は多いし、俺自身も実際そういったコメントをネットに書き込む事がある。*1

 

が、これ実はかなり雑で暴力的なコメントになっている事が多いよな?

 

ある人が、傍から見たら簡単そうな行動ができなかったり、合理的な思考ができなかったりするのには、必ず理由がある。

 

この手の暴力は本当に俺自身もしょっちゅうやっちゃってるので、野蛮人を非難したいという主旨ではない。自戒も込めつつ、他人にも提起したろうという意図を持って書くものである。人権問題とかを見ていても、心に棚を作らないと世の中は良くならんからな。

 

 

 

総論

 

まず総論として、

 

人間とは個人単位でも組織単位でも不合理な生き物である。

 

うまく説明できない感情の機微によって、「なぜか」何かをしたり、「なぜか」何かをしなかったりしてしまう。

 

そのあたりの不合理性を研究しているのが行動経済学なのかなと思っている。

 

honto.jp

 

honto.jp

 

以下、もうちょっと場合分けしてみる。

 

1.「貧すれば鈍する」

これは上記の書籍「欠乏の行動経済学」に詳しいのだが、トンネリングという概念があり、簡単に言うと

 

何かに思考のリソース(心的資源)を専有されてしまっているが故に、処理能力に負荷がかかり、他の事が全ておろそかになり、認知能力が低下し、当たり前の判断すらできなくなっている状態

*2

 

という感じである。この「何か」は、時間であったり、金銭であったりする。

 

そして欠乏は連鎖する。金がないと月末の支払いの心配が頭を離れず、結果として時間もなくなり、合理的な行動ができず、貧しい者はさらに貧しくなる。この悪循環を表現した慣用句が「貧すれば鈍する」であろう。

 

就職氷河期突き破って闘ってきたけど、もう疲れた。泣きたい。

貧すれば鈍するのは経済的なことだけでなく、やることが多すぎても頭は悪くなり判断力が消え去る。欠乏の経済学。ブコメにあるように専門家に相談して、まずは父親の介護関係を切り離そう。責務が減れば頭は動く。

2020/01/11 13:10

b.hatena.ne.jp

 

 

維新の会所属議員や、幻冬舎近辺のしばき上げ主義の方々(田端さんとかホリエモンとか)が、マッチョで合理的な「正論」を述べて、貧乏人や弱者を見下している光景をたまに見かける。

 

「貧乏人は怠け者で情弱だから貧乏なのだ、自業自得だ」

 

という主旨のマッチョトークは誰もが見たことがあるのではないか。

 

が、田端さんも堀江さんも何かの拍子に欠乏の連鎖に陥り、アンコントローラブルな状況が続けば合理的判断はできなくなるのだ。この事については、俺はしょっちゅうブコメしている。

 

貧乏人の無駄な努力

堀江・田端タイプのマッチョだな。正しい努力ができる/できないの差は主に置かれた環境によるもので、個々人の性質は大した変数ではない。あなたも必ず貧すれば鈍する。「欠乏の行動経済学」を読もう。

2020/04/15 08:37

b.hatena.ne.jp

ケータイ代のため食費削る「現代病」の闇 - ライブドアニュース

MVNOにしない情弱は自己責任みたいな論ってたまたま運で成り上がった田端信太郎的な人種が言いがちだけど、貧困層は情報不足かつ疲れ果てておりコンビニATMに高い手数料払ったり割高なカップ麺食ってたりするのだよな

2019/07/28 14:13

b.hatena.ne.jp

「俺らが生きづらい社会」は「あいつらが生きやすい社会」 - シロクマの屑籠

知能で分かれると思われている境界の多くは実は運で分かれてると思うんだよなぁ。環境ガチャでしくじればどれだけ知能が高くても地を這う確率が高いだろう。

2019/08/05 22:11

b.hatena.ne.jp

お前らのホームレスの解像度をあげてやる!!

サンキュー増田。貧すれば鈍するはガチで、これを甘く見てる人が「なんで貧困層のくせに○○しないの?」とアントワネット化する。皆「欠乏の行動経済学」を読んでくれ!貧困層が太ってるのは頭が悪いからではない。

2022/11/22 12:41

b.hatena.ne.jp

 

マッチョたちがよく言うのが、

ブラック企業で自殺するぐらいなら辞めればいいじゃん」

「死ぬぐらいだったらブラック社長を殺せるだろ」

といったマッチョ正論である。

 

しかし、日々追い詰められ、死を考えるような人間には、「辞める」とか「殺す」はハードルが高すぎる。「死ぬ」の方が圧倒的にハードルが低いのだ。

 

辞めたり殺したりするのにはものすごくエネルギーが要る。追い詰められた人間にはそんなエネルギーはない。考えることが億劫だ。なんなら選択肢としてすら浮かばない。トンネリングを起こしていると、認識できる選択肢は極端に少なくなる。

 

かといって、生きている事の苦痛に耐えられない。この場合、選べるのは「生きる」と「死ぬ」の二択だ。となれば、生きる辛さから逃れるために「死ぬ」という選択肢にまっすぐ向かってしまう。俺も過去にこの二択に苦しんだ。薬の力で立ち直った。

 

精神的な話だと理解できない人でも、9.11でも見られたような「高層ビル火災で、煙に巻かれる苦しさに耐えかねて飛び降りる」という心境は想像できるのではないか。ブラック企業には耐えられない。もう1秒生きている事にも耐えられないのである。

 

人間にもセーフモードがほしい - やしお

名文。俺も心当たりがある。追い詰められて判断能力をなくしていた時期が何度かある。「なんで辞めないの?」などと平気で言える人間には見えていない光景だ。

2019/02/07 21:12

b.hatena.ne.jp

 

俺たちのようなネット軍師・事後諸葛亮がいろんなニュースに対して気軽に「合理的な正論」を吐いたり神算鬼謀を披露してしまうのは、当事者をメタな視点から俯瞰しているからであり、いわゆる岡目八目という慣用句が当てはまるだろう。

 

ウクライナへの“千羽鶴”に賛否 寄贈断念も…「無意味」批判の声には疑問(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース

俺たちは散々ネットで「迷惑に決まってるだろ」という情報を得ているので、あたかも生まれた時からリテラシーを備えていたかのように高所から叩いてしまうが、人類はそもそも相手の気持ちを考える能力が弱いのでは。

2022/04/20 08:44

b.hatena.ne.jp

 

2.アイドル状態とパニック状態

トンネリングが起こるのは「長期的な欠乏状態」のときだけではない。一瞬の出来事であっても、短期的にも、さまざまな状況で、人間は合理的な判断ができなくなり、説明しづらいような行動を取ってしまう。以下の状況は単体で終わるとは限らず、それぞれが複合・連鎖しやすいので、たやすく悪循環にハマる。

疲れている

これはわかりやすい例で、疲れてるときは、自分でもなんでそんな行動を取ったのかわからない、説明しづらいおかしな行動を取ってしまうものだ。

 

現実を咄嗟に認識できない

アカデミー賞の式典で、クリス・ロックに妻を侮辱されたウィル・スミスが、最初は他の観客と一緒に笑っていたのだが、何を言われたかを理解してステージに上がって怒りのビンタをかました事件があった。

 

これを見て「ウィル・スミスも最初笑ってたじゃん」という声があったが、あれは「コメディアンが面白そうな表情で何かをまくしたてた」という状況に対し、「反射」でとりあえず笑顔を作っていただけなのではないだろうか。他の観客も、意味を飲み込む前に反射で笑っていた人が大半であろう。人は、思いもよらないタイミングで、笑顔で浴びせられた差別発言とかに即座には反応できない。

 

人間のコミュニケーションというのは、大半は深く考えずに反射で行っているものである。一言一言熟考しながら同時に喋ったり笑ったりするのはなかなか難しい。

 

菊間アナが命綱外れて転落して大怪我をした放送事故でも、スタジオの小島アナらは「外れちゃったんだー」などと笑ってしまっていた。これは責められんよ。頭がほのぼのニュースモードだったのを、一瞬で放送事故モードに切り替えるということは、そうできんよ。

 

「お前笑ってたじゃん」は、安易に言えない言葉だ。なのだが、こういう反応を他人に説明するのは意外と難しい。「なんで笑っちゃったんだろ」と自分を責める事になる。

 

恐怖と混乱で思考が凍りつく

尊厳を踏みにじられる

 

これらはトンネリングとは違うかもだが、人間は恐怖や混乱や衝撃の中では合理的な行動が取れなくなる。結果、説明しづらい行動を取ってしまったり、逆に何もできなかったりする。

 

恐喝されたり痴漢されたりした被害者に「なんで声出して助けを求めないの?」「なんで逃げないの?」みたいな疑問をぶつける人がいるのだが、実際自分がヤクザや関東連合に絡まれるなど、無茶苦茶な状況に置かれて、正しい行動を取れるのかどうか、冷静に考えてみてほしい。頭が真っ白になり、「怖い」という感情で脳のリソースはいっぱいになってしまう。

 

こうした衝撃が大きすぎると、先ほどの「咄嗟に現実を認識できない」が、数時間とか、数日とか、比較的長期に渡って発生する事もある。

 

胸糞悪い話だが、「カバキ事件」における小林よしのり「なんでレイパーの金玉を潰さないの?」といった疑問は、まさしく小林の想像力の欠如から来るマッチョ発言であろう。

 

この恐怖・混乱・尊厳系は、特に「実際自分がその身になってみないと想像しにくい人」が多いと思っているので、後ほどまた触れる。

どれにも該当しないが、ぼんやりと「自動行動」してしまう

これは発生する事象としては最初の「疲れていた」パターンと基本的に同じである。ある種の、つまり俺のような四六時中心にうつりゆくよしなしごとに意識を奪われているタイプの人間は、別に疲れていなくても、生活の大半をアイドル状態で自動的に過ごしている。

 

それで時に自分でも説明がしづらい不合理な行動を取り、妻に怒られたりしている。

 

「1秒考えれば分かるようなことを、1秒も考えずに自動的に行っているため、分からなかった」という状況だ。特に焦っているときの判断能力は我ながら目を覆うものがある。

 

3.学習性無力感

www.sanspo.com

引用する。

 

学習性無力感については、1967年に心理学者のマーティン・セリグマン氏らによる研究論文で発表された。理不尽で抵抗や回避することが難しいストレスや抑圧の下に長期間置かれると、「何をしてもムダだ」と考えるようになる。そしてストレスや抑圧から逃れられる機会があっても、逃れようとする努力すら行われなくなるという現象だ。

 

 少女も逃れようのない心理的な圧迫を受け続け、学習性無力感を抱くようになったと考えられるのだが、こうした例は拉致監禁の被害者に限らずDVの被害者、学校や会社でのいじめ・パワハラの被害者、そして捕虜にもよくみられるとされている。

 

さっきの小林よしのりのカバキ事件にも通じる話だが、新潟や埼玉で、男に誘拐された少女が、数年間監禁されていたという事件があった。

 

こうした事件の被害者が、犯人と一緒に外出したり、犯人が不在で脱出できるチャンスがあったと報じられると

 

「なんで助けを求めなかったの?」

「逃げるチャンスいくらでもあったのになんで逃げなかったの?」

 

といった心無い言葉が投げつけられた。これらは学習性無力感という言葉で説明されている。助けを求めても相手にされないのではないか、もしかしたら声が出せず、犯人にバレるのではないか、逃げようとしても犯人に見つかってしまうのではないか、そんな深層の恐怖心で、「声を出す」「逃げる」といった選択肢が薄れていってしまう。

 

news.yahoo.co.jp

余談:「正しい被害者」像

上述の少女誘拐事件では、「犯人と雑談したり、冗談を言って笑ったりしていた」という報道を受けて「自由恋愛だったのでは」などという者も出てきた。

 

「被害者が○○するわけがない」

 

という偏見だ。

 

しかし、ストックホルム症候群なんて言葉もあるが、いつ殺されるかわからない状況では、人間の心は壊れてしまう。そのため、孤独で絶望的な状況の中でも心を守るために、状況に適応し、少しでも笑ったりリラックスしようとするのは当然の反応だ。

 

それに犯人との圧倒的な権力勾配がある以上は、犯人に忖度し、犯人が望むように振る舞うことも自己防衛だ。生殺与奪の権利を奪われていると、憎むべき犯人というより、「この人に逆らってはならない」「この人を上機嫌にさせなくては」という思考に支配されてしまう。

 

こうした想像力がないと、

 

「被害者が○○するはずがない」

 

という素朴な偏見から、被害者を非難したり、妙な邪推をしてしまうことになる。

 

昨年、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、在日ウクライナ人のナザレンコ・アンドリー氏が、「ウクライナは降伏すべきだ」と主張する橋下徹氏とインターネット喧嘩を展開した。

 

そしてナザレンコ氏が北海道に向かった旨をツイートしたところ、橋下氏が「仲間が大変な時に北海道を楽しむのか」といちゃもんを付けた。

 

b.hatena.ne.jp

 

これ自体は「実は講演の仕事で行ったのであって遊びに行ったのではない」ということで橋下氏が袋叩きに遭ったのだが、俺は仮に「遊びに行った」でも問題なかったと思う。

 

アンネの日記じゃないが、本当に辛いとき、生き地獄を味わっているときでも、あるいはそんな時だからこそ、人間には遊びや楽しみくらいは必要だ。

 

あるいは伊藤詩織さんに対して「本当の(性犯罪)被害者は会見で笑ったりしない」と主張した山口敬之氏も、当然のことだがネットで袋叩きに遭った。*3

 

(社説)伊藤氏の勝訴 社会の病理も問われた:朝日新聞デジタル

ネットの反応見ると、今まで本事件を「よくわからん、どっちもどっち」みたいに扱ってた人の多くもツッコミに回っている。それほどまでに「性暴力被害者は笑ったりしない」という主張は時代の感覚と乖離しすぎてる。

2019/12/20 13:12

b.hatena.ne.jp

 

「僕の考えた正しい性被害者」像に当てはまらない人を「ニセ被害者」扱いすることの非道が、きっちり世間から非難されたのだ。人情は廃れず。

 

伊藤さんの著書「Black Box」では彼女が「正しい性被害者像」にいかに抗ってきたか、そしてなぜ抗ってきたかが語られている。

 

4.その他、「一言では説明できない理由」でできない場合

俺はこれまでの人生で、仕事絡みで炎上まではいかないが、知っている会社や商品やサービスがネットで叩かれているのを見る機会が何度かあった。

 

そうした時に痛感したのが、ネット世論が考えているようなわかりやすい悪のストーリーなんかあんまりないのだなーということだ。だいたい何かしらしょうもない、あるいはしょうがない理由だったりする。

 

情報不足な報道から描かれるストーリーの多くは、詳細報道逆サイドからの報道を摂取することでどんどん印象が変わっていく。

 

直近で言うと、Colaboのバスカフェ批判もそうだ。少女の保護活動を行っているColaboが、新宿歌舞伎町で、少女たちが気軽に立ち寄れるバスカフェというものを運用しているのだが、それに対するなにやら不確かな情報が拡散され、

 

「夜の2時にコンドーム持たせて解散するのは売春推奨では」

「なぜ始発まで置いてあげないのか」

「なぜ保護してホテルやシェルターで寝かせないのか」

 

みたいな批判がTwitter上を飛び交っている。しかし、これ全部悪意に解釈したらそうなるんだろうけど、夜中に解散したり、保護しない理由なんか、冷静に考えたらいくらでも思いつくだろ。

 

桜ういろう on Twitter: "【悲報】ネトウヨさんが「コンドーム=サタン」の勢いでColabo叩きの大合唱を一斉に始めた理由が謎で、いろいろ調べたら統一教会的にコンドームは堕落の象徴だった事実が判明 #純潔教育 #Colabo https://t.co/HuaS9Vxac4"

2時に解散って言うほどおかしいか?保護を求める子はシェルターに入れるんだろうし。あのバス、敷居下げる為に誰でも気軽に来てね的に運用してるっぽいから、保護される気がない子の方が多くてもおかしくないんでは

2023/01/14 21:01

b.hatena.ne.jp

 

これはColaboの公式回答じゃなくて俺の推測なんでアレだが、「例えば」でも理由はけっこう思いつくのだ。Colaboの人じゃないからこれ以上は想像の理由を書かないけど。こんなにも何もかもわかってない状態で何かを断ずるなんて無理だよ。*4

 

ほとんどの物事は、直感的に思いついた理由以外にいくらでも説明可能だという前提は持っておきたい。

 

「コロナこわいけどぉ、安倍の声聞いたら元気出た」――”工作疑惑"もささやかれた謎の大量ツイート、「最初の投稿者」に真相を聞いた

町山智浩さんが「やまもといちろうは芸能事務所にカネを貰ってると考えねば説明がつかない」と言っていたときにも書いたが「○○でなければ説明がつかないだろ!」という思考は陰謀論になりがち。

2020/04/10 09:20

b.hatena.ne.jp

 

【追記あり】安倍元首相が若い世代から人気な理由を説明しよう!

「Aである理由はBであるとすれば説明がつく」というのは安心を得たい陰謀論者にありがちな思考なのだが、実際はCでもDでもEでも説明がつく。安倍支持者は無知なのだという「事実」で安心を得たい人は多いのだろうな。

2022/09/22 12:18

b.hatena.ne.jp

 

バスカフェに来た子たちを強制的にシェルターに放り込むなんてできるわけがないのだし、現場の実運用を知らないのに、絡み方おかしいだろ。ナザレンコ氏とかひろゆきとか悪質すぎるよ。

 

ともかく、こうした想像力が足りていないと、

 

「難民がスマホ?贅沢だ!」

「被災者がパチンコ?そんな奴ら助けなくていいよ」

 

みたいな、はすみとしことか百田尚樹的な非難をしてしまうのである。スマホなんて難民に真っ先に与えられるべきインフラだし、被災者は1日中悲しい顔をしてラジオを聴いているべきなんてことはないのだ。

 

が、はすみとしことか百田尚樹を糾弾すればいいのかというとそれもまた難しくて、「○○すればいいじゃん」と言われても当事者からすると簡単にできないのと同様に、こうした人たちは別に知ってて酷いことを言ってるのではなく、ただただ想像の範疇外なのだ。最初に言ったとおり、俺も絶対やってるしね。

 

人間誰でも、自分のフィルターを通じてしか世界を観測できない。なので、こうしたことはもっともっと説明されるべきだと思っている。間違うことは誰でもある。間違えたら謝罪、撤回すればいい。というかそれしかできないよ。エスパーでも神でもないんだから。

 

なぜ少女保護団体がコンドームを配るのか

こういう説明も必要なんだよ。「なぜ難民がスマホを!?贅沢だ!」「被災者がパチンコを?不謹慎だ!」「子供を救うなら子ども家庭庁の方がいいでしょ、家族大事だし」みたいな人たちを蛮人扱いして殴るのではなく。

2023/01/12 13:44

b.hatena.ne.jp

 

我々は、別に誰かに対して道徳的優位性を持っているわけではない。しかし、道徳的優位性などなくても、相手の辛い・苦しい・恐ろしいといったお気持ちを知れば、共感はできる。ということを過去記事で語っているのでよかったら読んでほしい。

 

もちろん説明しても理解されない事もあるだろうし、別に悪を詰ってもいいのだけど、一方で「これ絶対誤解だな」という場合もあるだろう。そう思ったら常に説明を試みる事が、世界を良くするはずだ。先ほどの少女誘拐事件についての碓井教授の記事でも、説明する事の重要性が語られている。

 

そして説明は、ほとんどの場合「一言」では済まない。はてブの100文字やTwitterの140文字で説明しきる事はできない。パワハラ、いじめ、性暴力などの被害者の複雑な心理を、「そんなこと全く思いもよらない」人々に伝えるのはそれなりに大変だ。世界はすぐには変わらない事を前提に、それをやっていくしかないのだが。

 

伊藤詩織さんの「Black Box」でも、「なんで○○しないの?」の残酷さが何度も出てくる。

 

 私はその後、自分を何度も責めた。どこかで、自分の中だけで解決できると思っていたのだろう。これは悪い夢なんだと。

 それでも、まったく事情を知らない人から、「なんで警察にすぐ行かなかったんだ?」と言われるのは、自分でそう思うよりも辛く、首を絞められるような思いがする。

(伊藤詩織「Black Box」より)

 

伊藤さんがすぐに警察に行けなかった心理は、彼女の本を読めば、「なんで?」と言っていた人たちもよく理解できるはずだ。一言で簡単に説明できる心理ではないが、読めば必ず納得できる信頼していた人物に、思いもよらない形で人間の尊厳を踏みにじられ、ひたすら衝撃と混乱と恐怖の中にあった感情の機微が生々しく綴られている。*5

 

俺は男だが、性的ないじめに遭っていた時期がある。この本を読む前から、伊藤さんの会見と山口氏の言い分を見た上で、彼女の言葉に一つの違和感もなく、むしろ理解できすぎたため、これは真実だろうと判断していた。こうした判断は、自身の経験でも大きく変わるものである。まあ経験を過信しすぎると間違うこともあるのもまた人間なのだが。

 

拝啓 伊藤詩織様 | 差出人は25年前の最も有名なレイプ事件の被害者 | クーリエ・ジャポン

レイプだけでなくイジメでもパワハラでも人間の尊厳を踏みにじられたとき被害者は混乱し説明しづらい行動を取ることがある。俺は男だが同じような経験があるから伊藤氏の気持ちはわかる。風化も歴史改竄もさせない。

2018/12/07 08:26

b.hatena.ne.jp

 

かように、「簡単に一言では説明できない」が、「ちゃんと説明されれば理解できる」ということが世の中には多いのである。

 

我々は全員「特権階級」である

今回、俺は心に棚を作って幻冬舎界隈のマッチョな姿勢を糾弾してみたものの、これは誰でもやってしまう、人類に普遍的な課題だと思っている。基本的に人間は、自分が得ている特権は自分が己の力で得ていると考えてしまうものだ。

 

少し前にあった東大生に対する上野千鶴子先生の訓示なども、この観点からのものであろう。*6

 

見えない特権に守られていると、特権を持たない人の言動を理解できない場合がある。日本の健康な成人男性である俺などは、日々の暮らしを見えない特権バリアーに守られているから快適な人生を送っているのだろう。

 

まとめると、我々ネット軍師は他人の言動は好き勝手に論評・採点するが、自分が当事者になったら「当たり前の行動」ができない可能性がかなり高いよねということだ。

 

蓮舫さんみたいに他人の言動になんでもかんでも「非常識すぎて唖然としました」とか言えてしまうのは、実は「当事者でないことによる特権」だということ。

 

「なんで、自分なら常識的な行動を取れると思ってるの?」

 

何度でも忘れるので何度でも思い出したいものだ。

*1:これらの言葉はご家庭や職場でもカジュアルな詰めの際などに用いられるだろうが、今回は主にネットの話をする。

*2:本の中では例として、消防士の死因の多くが「交通事故死」だという調査結果を紹介している。緊急出動した彼らが、これから現地で行う消火活動に意識を占有され、トンネリングを起こしてシートベルトを締め忘れてしまったりドアロックを怠ってしまうというエピソードだ。

*3:この「本当の○○」系、例えば「本当のフェミニストなら~」「本当に表現の自由を考えているなら~」みたいな言い方もたいがいクソです。また別途書きたい。

*4:などと、いつも反射的にブコメしている俺が言うのもアレなのだが、最初に書いた通り、我々は心に棚を作らねば、世界は良くならない。日本の入管がいくら酷くても、中国の人権弾圧は非難すべきなのだ。「お互い様だから黙っとこ」であってはならない。

*5:むしろ伊藤さんが3日後に警察に行けた事がまだしも幸いというか、こうした性被害者のほとんどは警察に行けていないようだ。例えば丸田憲司朗、武内俊晴、千秋涼祐といった性犯罪者が捕まると、彼らのスマホからは40人といった多数の被害者の動画が発見される事がある。仮に39人ぐらいは泣き寝入りしていると考えると、こいつらはたまたま捕まっただけで、「捕まっていない犯罪者」がかなりいるのではないだろうか?

*6:もちろん上野先生自身もまた、自分が得ている特権に無頓着かつ「自分は特権を自覚できており道徳的に優越している」と思っているだろうが。誰もが何らかの領域においては特権階級であり、この世界が「特権階級と、特権のない弱者」に二分されているわけではない。